性
        者
  

        


        











                                     前編



 昨夜殆ど眠れなかったのに、朝の目覚めは爽やかだった。
 高耶はカーテンから差し込んでくる朝日に目を細めると、勢い良くベッドから飛び起きる。今日はこの度始めた仕事の、初日だ。そんな訳で、緊張の余り寝不足状態なのだ。だが、不安というより、期待の方が、断然大きい訳で……

「よっしゃーっ!稼ぐぞ〜っ!!」

 部屋で1人、気合十分な雄叫びを上げる高耶であった。







 早めに家を出て、事務所に着いた高耶を迎えたのは同僚の綾子だ。綾子はこの世界の売れっ子で、しかもそれは、もう5年続いている。これは、入れ替わりの激しいこの世界では非常に珍しい。綾子本人は既にベテランの域に達してて、新人の高耶にアレコレアドバイスなどもしてくれ、とても可愛がってくれていた。

「高耶、早いじゃない」
「オハヨ、綾ちゃん、だってあんなコト聞いたら寝てらんないって」
「まぁ、そーかもね……でもマジ、スッゴイらしいわよ〜」
「うん……」

 その言葉にポッと赤くなく可愛い後輩に、綾子は苦笑をもらした。
「でもね高耶、あんまり期待し過ぎると、期待外れだったらガッカリしちゃうわよ」
「分かってるって。でもオレ、今日初日なんだぜ?」
「本当よね〜、まっさか初仕事で相手がアレとは……珍しい」
「そんなに?」
「そーよー、アイツとは皆共演したがってるのよ、順番待ちも結構あるって聞いたし、あたしはヤだけどね〜」

 そう、売れっ子同士だと言うのに、綾子は今、高耶との会話に登ってる男と共演した事が無いのだ。まあ、お互い顔見知りで、今更一緒に仕事なんか御免!と、その話があった時、お互いに断った過去もあったりする。

「じゃあ、何でだろ?」
「さあ、ねぇ?」

 そこへドヤドヤ、慌ただしい数人の足音が、近付いて来た。
 ガチャ

「高耶、もう来てたのか、早いな」
 綾子と同じ事を言って、入ってきた髭のオッサンは、バタバタ仕事の準備を始める。そして手を動かしたままで、何気ない様子で告げるのだ。

「直江も着いたし、じゃあ、そろそろ行くか」
「ッ」
『直江』の名前に、高耶の心拍数が跳ね上がる。
「……ハイ」
「高耶、しっかりねっ!!」

 綾子の激励に見送られて、高耶はこの事務所と同じ建物の中にある、もう一つの『仕事場』へ向かった、胸をバクバクさせながら。










「おはよーごさいまーすー……」

 部屋に着くと、もうセッティングは殆ど終わってて、後は高耶と今回、高耶の初仕事の共演者である直江の準備を待つだけだ。

 ドキドキしながら、物音にチラッと、目線を上げると、

「おはよう御座います」

 直江、だ。
 とうとう、あの直江がやって来た。やって来てしまった。
「……」
 高耶の心拍が、一気に跳ね上がる。
 そんな高耶の気持ちを、知ってか知らずか、直江は高耶の姿を見止め、にっこりと穏やかな笑みを浮かべるのだ。

「初めまして、嬉しいですよ、あなたの相手が出来て」
「……あ、うん……こっちこそよろしく……オレ、初めてで良く分かんないかもだけど……」
「いいんですよ、私に任せて下さい」
 ね、なんて、顔を覗き込みながら言われて、高耶の顔はこれ以上無い程、真っ赤になった。

 回りでは、スタッフ達がバタバタ忙しそーに動き回っている。スタッフって言っても、監督を入れて3人だけなのだが。

「……」
 何となく手持ち無沙汰な高耶は、隣で煙草を吹かしてる直江に何気に話し掛けた。
「あの、さ」
「はい?」
「綾ちゃんから聞いたんだけど……直江、さんて皆が仕事したがってて、オレ初仕事なのに、共演なんて珍しい、って」
「そんな事も無いんですがね」
 そう言ってニッコリ笑う男に、高耶はまたまた心拍数が跳ね上がるのが分かる。
「!」

(……う゛〜〜ッ、やっぱり皆が言った通りだ〜〜ッ!!)

 高耶が言う『皆』とは、勿論仕事仲間達のことだ。
 そんな高耶の脳裏に、つい最近彼女達と交わされた会話が蘇ってくる。




「高耶、『直江』って知ってる?」
 事務所に顔を出した高耶に、何度かここで会ってる仕事仲間が爪の手入れをしながら話し掛けてきた。
「そりゃー名前位は聞いたことあるけど」
 そう、直江はこの業界では、結構な有名人なのだ。イヤ、業界人だけでなく一般人でも『知ってる人の間』では、メチャメチャ有名だ。

「あのね、ミナコがこの前一緒だったんだって」
「あ、あたしもそれ聞いたっ!」
 二人の会話に、いきなし乱入したのは、同じく事務所にいた同僚だ。その女が、何処か興奮した様に喋り始めた。

「もうっ!!何が何だか分かんなかったってっ!!意識なんかフッ飛んじゃってもう……サイコー……」
 目がトロン、としてしまう同僚の興奮が、女にも移ったらしい。
「イきまくりの、最後は初の潮吹き!監督ももう、上機嫌で、これはかなり売れるってホクホクよお」
「そーそーっ!!!もう、スッゴイのッ!!!あ〜ん、あたしも共演した〜い!」
「あ、あたしもあたしもっ!!!」

 二人の興奮は、止まる事を知らない。

「そうそう、この前だってね……」

 二人の会話をどこか遠くで聞きながら、高耶は名前だけしか知らない『直江』っつー男に思いを馳せる。

(直江、か……そー言えば前違うコも騒いでたっけ……そんなスゴイのかなぁ……オレも共演、したいかも……)

 そんな高耶の考えが透けて見えたのか、2人はニヤニヤしながら高耶の頭を抱え込んだ。
「わッ?!何?」
「た〜か〜や〜、あんた今、共演したいな〜、な〜んて考えたんでしょ〜」
「う゛」
 その通りなので、素直にコクコク頷いた。
「それは、当分無理ね」
「何で?」
「何で、って、話し聞いてたら分かるでしょ? はっきり言って、み〜んな『直江』と共演したがってんの、もう順番待ちがスゴイって聞いたモン」
 その言葉に、もう1人も続いた。

「そーそー、それも、彼の場合特別だから、相手の選択権とか拒否権もあるんだって、だからコッチが『やりたいッ!』って思っても、直江が『イヤ』って言えばブー、なの」
「えッ?マジ?!」

 これは普通ではない。何故ならこの業界、相手は全部事務所が決めて、コッチがそれに意見するなんて、聞いたこことが無い。

「マジマジ、まぁそんだけ直江が特別だってコト」
「……・へ〜スッゲー……」











「高耶さん?」
「なッ!何ィ?!!」

 いきなり回想から戻って来た高耶は、正にッ!!その主である直江のドアップに、思わずズズズッ、と後ず去った。
そんな高耶の態度に、直江は苦笑をもらしてしまう。
「そんなに、驚かなくても」
「……」
 だって、仕方ねーじゃん、ホンモノ、なんだもん。心の中で、こっそりボヤく。

(その『直江』が、ねぇ……)

 今自分の目の前にいて、しかも初仕事の相手なんて。
(信じらんね)
 しみじみ、そう思わずにはいられない。
 そう言えば、あの2人も今回の話しを聞いた時、大騒ぎをしていた。さんざんギャアギャア騒いだ後、最後に、

「いい、ちゃ〜んと結果報告してよッ!!!」
 その迫力が余りに凄かったので、高耶は無言でコクコク首を振ったのだ。


「実はね、」
「え?」
 直江の低い、イイ声に、高耶は男の方にちょっとだけ戻った。そして次の瞬間、耳を疑う言葉を発したのだ。

「この仕事、私が頼んで相手をあなたにしてもらったんですよ」

「……」
「高耶、さん?」

「―――えぇ〜〜〜〜〜ッ?!!!!!!」

信じられない直江の発言に、高耶の大きな声が部屋中に響き渡った。その声に、監督達も、何事ッ?! とビックリして振り返る。

「そんなに驚く事ですか?」
 クスクス笑われてしまい、高耶は恥ずかしさにキュッと縮こまってしまった。
「う」
「ふふふ」
「……あのさ、何で? 何でオレ?」
 素直に疑問を口にする高耶に、直江は笑顔のままに優しく説明する。

「あなたがスカウトされて、初めて事務所に来た時、実は私もあそこにあたんですよ、それで、あなたを見て是非、一緒に仕事がしたいと思ったんです」
「だからッ!何でそー思ったんだ?!」

「可愛いから」

「!」

 思ってもみなかった直江の台詞に、高耶は完全に固まってしまった。そんな新人高耶の耳に、

「オーイ、始めるぞー」

 監督のダミ声が、投げ掛けられたのだった。








                                                    続く

                                                 2000.11.6


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