アルプスの処女直江    V







直江、と名乗った男と次に会ったのは、翌朝の朝食の席だった。





「起きなさい!アーデルハイド景虎」
「どわッ?!」
朝寝を楽しんでた高耶は、いきなしブランケットを剥ぎ取られてコロン、とベッドから転げ落ちた。
ドテ
「ア痛タタタ」
「何時まで寝てるんです、早く起きなさい、直江坊ちゃんがお待ちです」
青いロングワンピを着て、髪の毛が団子で怖い。
そんでもって、眼鏡はもっと怖いロッテンマイ綾子は、クイ、って眼鏡を上げて高耶をジロリ。
ヒィ、って悲鳴が哀れな高耶を一瞥すると、そのまんま出てってしまった。
「……あの人コワイよ……」
確かに怖い。
でも、いっくら怖くっても、腹ヘリには勝てない。
仕方なく高耶はムク、って躯起こして着替えよーと……
「あ、れ?」
無い。
「あ、れれ?」
着替えが、無いのだ。
高耶のお休みスタイルは、白いTシャツに白いパンツ。
そんなちょっと足りないのあの子?って感じの格好で、部屋をウロウロ。
広くって高い天井の部屋は確かに豪華で立派なんだけど、どっか余所余所しい。
そんな部屋を歩き回ってふと、チェストの上に服っぽいのを見付けた。
「コレ、かな?かな?」
確か昨日脱いだ何時もの服は、ココら辺に置いといた筈だ。
青いズボン、赤いベスト、黄色のシャツ、が……そこにあったのは薄いクリーム色のスーツみたいなヤツだった。
自分の服は何処にも見当たんない。
高耶は困った、だって誰のか知らない服しか無いんだから。
む〜ん、って唸ってると、コンコン、って音自体はハイソっぽいんだけど、やっぱし無遠慮な音が響いた。
「はい」
カチャ
「まだですか?アーデルハイド景虎お嬢様……坊ちゃま」
チネッテ譲だ。
んん?ってチネッテ譲の目が細くなる。
「まだそんな格好で」
怖いよ、って思ったけど我慢して高耶は言い訳を始めた。
「オレの服、だってないんだ……何処にあんの?」
情けなさいっぱい!って顔で言う高耶を、チネッテ譲は鼻で嗤う。
「服ならそこに」
指指したのは、今さっき見た、誰のか知らない服だ。
「コレだって、オレのじゃあ……」
「あなたのです」
「え?オレが昨日着てた服は……?」
イヤーな予感に恐る恐る聞くと、チネッテ譲、ズバッと一刀。
「捨てました」
「………………えッ?!」
「汚かったので、捨てましたが?」
「…………そ、なんだ…………」
何だか泣きたくなった高耶だったけど、オトコのコだし、グッと我慢。
「お分かりにまりましたら、さっさとその服着て、食堂に降りて来て下さい」
パタン
ドアが閉まる音まで、冷た怖いし。
ガックリきた高耶はノロノロと、その変テコなスーツもどきを手に取ったのだった。











奇跡的に一発で食堂に辿り着いた高耶が食堂に入ると、デカい食堂に長〜いテーブルがデン、って置いてあった。
その長さ推定、15m。
うわ、何か踊れそーだよココの上。
ボーっと突っ立ってた高耶がテーブルに沿って視線を動かすと、一番端に辿り着く。
「あ」
そこには昨日の夜会った、直江って男が座っていたのだ。
優しいかったの覚えてる高耶の気分は、一気に明るくなる。
「直江ー」
嬉しくって側に走っこーとした高耶にロッテンマイ綾子一喝。
「アーデルハイド景虎!」
「ひゃ」
子リスみたく首を引っ込めた高耶に、今度は知らないオッサンが席まで誘導してくれた。
そこは直江の正面で、直江がニッコリ笑ってる。
またまた嬉しくなって何か言おうとした高耶だったけど、ロッテンマイ綾子が怖い、って予感が働いて、グッ、って口を閉じたのだった。
「どうぞ」
「ありがと」
席を引かれて座った高耶の椅子を、また押して丁度イイとこにしてれた。
「誰?」
高耶が座ってる椅子の後に立ってるオッサンに、首を傾げた。
「私はセバス小太郎です」
「セバス小太郎?」
「はい」
「何で髪の毛長いの?」
「趣味です」
「ふーん」
「セバス小太郎」
ロッテンマイ綾子の怖〜い声に、セバス小太郎は黙って頭下げた。
何だよいいじゃん、チョビットだけ喋っただけじゃん。
ブチブチ心ん中でだけ言って(だって怖いし)高耶は前を向く。
途端に後からお皿にスープが注がれた。
「わぁ」
メチャメチャ腹ヘリッ!だった高耶は早速デカめのスプーンを皿に突っ込む。
ガチャガチャ
ズズズー
「うん、まいう〜」
ガチャガチャ
ズズズズズー
「コレ美味いねー、直江…………え?アレレ?」
食べた事無い美味さなスープにはしゃぐ高耶に、直江は苦笑してる、が、
「…………………………アーデルハイド景虎…………」
低い声は、地獄の使者。
高耶はヒ、って引き込んだ悲鳴を飲み込んだ。
恐る恐るロッテンマイ綾子を見ると、
うわ、青筋立っちゃってるよこの人、血、とか噴出しそーだし!
「ガチャガチャ音立てないッ!!!!!ズルズル音立てて飲まないッ!」
「ひぃ!」
怒鳴られた高耶は、可哀想な位チビッちゃくなっちゃったのだった。
「ロッテンマイ綾子さん」
そにこ、直江の静かな声が落ちた。
優しい声に、涙ぐんでた高耶が顔を上げる。
「高耶さんはまだ慣れてないですから、大目に見てあげて下さい」
「………………」
直江の言葉に一瞬鼻白んだけど、それでもご主人さまのお言葉だ、頷かないワケにはいかない。
ムっとしながらも、
「はい」
って頷いたのだった。
それを目の前で見てた高耶は、マジに感動した。
だってだって!
あの怖い怖い怖いッ!ロッテンマイ綾子に勝ってんだからッ!
そん時の高耶の瞳、ったら、モロ恋する乙女状態で。
そんな高耶の視線に小さく笑った直江は、再び食事に戻っていった。
それから高耶もチョビット位は気を付けてスプーン突っ込んだり飲んだりしたんだけど、やはしナイフとフォーク使いはスンゴイものだった。
何ってもロッテンマイ綾子の血管は躯中浮き上がってたし、それ見てたチネッテ譲は噴出すの我慢すんのに、何回も自分でケツ抓んなきゃなんない始末で。
でも一人セバズ小太郎だけは、不気味な位動かざる事山の如し、だったんだけど。
そんな中食事は進んで、もー終わる、って時だった。



バタンッ



いきなし乱暴に、食堂のドアが開いたのは。











「クララッ!」









「兄さんッ?!」





乱入男と抱き合う直江に、高耶はただ目を白黒さしてるしか、なかったのだった。























食事が終わった高耶は、直江に連れられて直江の部屋まで来てた。
初めての直江の部屋は、高耶が宛がわれてる部屋よか、ずっと広くってずっと綺麗でずっと豪奢だった。
「あの……さ」
チロ、って見たは乱入男。
このオッサンが直江の車椅子押して、ココまで来たのだ。
勿論、今も一緒にいる。
「兄さん、紹介します…………高耶さんです」
兄さん、さっきも言ってた。
じゃあじゃあ、このヒト直江の兄弟なんだ。
「…………こんにちわ、高耶です……」
ビクビクしながら言うと”兄さん”は、ニッコリ笑った。
それは直江と同じ種類の優しいもので、高耶の肩から力が抜ける。
”兄さん”は高耶の前まで来ると、膝着いて目線を合わせた。
「こんにちわ、高耶、だね?これからもクララをよろしく」
高耶の手を取って言う”兄さん”に、高耶は?になってしまう。
「………………クララ?」
直江?クララ?
「あの……」
「何だい?」
「直江、だよね?」
「クララ、だよ」
益々高耶は混乱して、ワケ分かんない状態に、涙ぐんじゃってる。
そこで直江が助け船。
「兄さんは、私をクララと呼ぶのが好きなんです」
「………………」
「だからずっと、クララ、って呼んでます」
「………………」








泣きたい、マジで









高耶の混迷は、更に深まり肛門まで達したのだった。










ノベル  モドル