皇帝陛下と意志の理 FC P.188
        皇帝直江  皇妃高耶
夢を見た、元の世界の親友が出て来た。夢は酷く高
耶の胸をざわつかせる。ミヨシとの国境の街ヤマナシ
に、奇妙な虹が出ると評判になる。夢、竜、虹、全て
が高耶を混乱させ、高坂への繋がりを強く思わせる
のだ、直江が憎悪するあの男と。
両陛下、第二皇子が虹を確認する為に視察へ赴く。
そこで奇妙な出来事が高耶を待ち受けるのだ。
最終章へのプロローグ的1冊です。

 
異世界ファンタジー・





 日はとうに落ち、皇妃の私室は薄暗い。だが灯りも点けず高耶は、広いバルコニーで庭園を眺めていた。
「小太郎」
 背中を向けたまま、高耶は小太郎を呼ぶ。それは感情を押さえたような、静かな声であった。
「は」
「頼みがある」
「はい」
「……」
 背後で静かに控える小太郎を、高耶は振り返る事なく口を開く。
「マコト」
「……」
「あの子供……マコトについて調べて欲しい」
 高耶の問いに対し、小太郎が驚く様子は無かった。もっともこの男の表情が動く事など、滅多に無いのだが。
「出来るか」
「は」
 ゆっくりと高耶が振り返った時には、既に小太郎の姿は消えていた。
「……」
 少しの間柵に寄り掛かっていた高耶だが、小さく息を吐き、そのままずるずると、その場に座り込んだ。
「……」
 暗い自室を眺めながら、あの時の事を思う。
 突然教室で昏倒した子供、マコトは目を覚ました。突然眠ってしまった割には、体調に何ら問題はなく、あのままケロリとした顔で教室に戻って行った。
 それはいい、何事もなく安堵した。だが、発した言葉が問題なのだ。


 竜が起きた―――


 突然告げられた言葉は、高耶を凍り付かせるのに十分であった。
 何故そんな事を言う……何故そう思うのか……震える声で高耶が訊けば、マコトは笑顔で答えた。
「夢で見ました」
 皇妃に声を掛けられて嬉しいのか、マコトは嬉しそうでさえあった。
「夢……?」
 子供なのだ、明らかにおかしい高耶の様子に気付かなくとも無理はない。高耶としても、ただただ、マコトの言葉の真相が知りたかった。
「はい! 夢の中で、皇妃さまに言ってくれって。竜? 大きい大きい竜が目を覚ましたって、皇妃さまに言いなさいって言われました!」
「ッ」

 言いなさい―――?

 息を飲む高耶に、マコトを気遣う余裕など無い。ただ頭の中で、告げられた言葉を反芻していた。

 竜
 竜
 竜

「……」
「皇妃さま?」
 表情を失くし、黙ってしまった皇妃に、マコトの顔から笑顔が消える。そして不安そうに見上げてきた。
「皇妃さま……」
「……いや、ごめん、何でもない……それでマコト、だったな?」
 それでも何とか、意識を立て直すと、何とか微笑んで見せ
る。この子供は利用(・・)された(・・・)だけなのだと、よく分かっていた。
「はい!」
 無理に作った笑顔でも、子供にとっては十分だ。マコト、と名を呼ばれ、嬉しそうに頬を染める。そんな子供に高耶は、声を震わせないようにするだけで精一杯であった。
「夢でその……誰に言われたんだ?」
 高耶の問いに、子供は首を傾げる。
「うーんと……声だけだから」
「声だけ?」
「はい、声でええと、声だけしか聞こえなかったです」
「声だけ……」
 唸る声は低く、再び子供は泣きそうになってしまった。
「皇妃さま……僕……」
「や、ごめんな? 怒ってないぞ? マコト……声だけど、知ってる声だったか?」
 ただの夢などと、当然高耶は思っていない。このタイミングに竜=c…何らかの意図があると見て間違いなかった。だからこそ、一体誰が夢を使い、高耶に接触してきたのか確かめる必要があるのだ。
「……」
 高耶の問いに、マコトは少し考え首を振る。
「ええと、知らない人です」
「そう、か」
「はい」
「……」
 まだ10にならないが、マコトは確りとした子供であった。優等生タイプに見え、素直でとても可愛い。
 髪はよく見る濃い茶で、眸はそれよりは薄い茶色をしている。利発そうな子供に変わった様子は無く、それだけが救いだ。
 もし何らかの悪い影響が子供に残るようであれば、高耶は
きっとそれ(・・)を赦せない。
「分かった……ありがとう……なあマコト」
「はい」
「おまえは急に倒れたんだ。どこか痛む所は無いか?」
 皇妃に問われ、子供はキョロキョロと自分の躯を探ったが、どうやら問題は無いようだ。
「大丈夫です」
「良かった」
 ホッと息を吐く。
「良かった……」
 心からの呟きに、マコトは嬉しそうに笑った。
「はい、ありがとうございます!」
「……」
 迷いはある。だが笑顔が戻った子供に安堵しつつ、どうしても訊かなければならない事を口にした。
「マコト」
「はい」
「その夢だけど……他に気付いた事はないか?」
 心臓が、バクバクと体内に響いてくる。酷い緊張が、高耶を襲っていた。背中にも、握り締めている手にも、嫌な汗が滲んでいる。
「声が……その声はまるで……」
 まるで―――
「……」
 そこまで問うと、高耶は口を噤む。どう説明していいか、分からなくなってしまったからだ。そんな高耶に気付かず、マコトは元気よく答えた。
「声は頭の中でぐるぐるしてました! とても優しい声で僕、眠くなって」
「……優しい声?」
「はい! すごく静かで、優しい声でした」
 嬉しそうなマコトにもう、それ以上訊く事が出来ず高耶は子供の髪を撫でる。それを擽ったそうにだが、とても嬉しそうにマコトはにこにこしていた。
「じゃあオレはもう行くからな?」
「はい、僕ももう行きます」
 元気よくベッドから降りてしまったマコトに、高耶は心配顔だ。
「おい、もう少し休んでた方が……」
「僕勉勉強しないと!」
 大きな声でそう言うと、マコトは医務室を飛び出して行ってしまった。
「小太郎」
「は」
「心配だから、マコトに付いてってくれ」
「しかし」
 そうなると、ここに高耶が1人きりとなってしまう。  
 ここは王城ではない。いくら学問所であっても、警備状況は手薄と言っていい。そんな所に、高耶を1人で置いてはいけない。
 無表情で渋る小太郎、高耶は苦笑した。
「いいから、オレはここから動かない。いくら何でもないと言っても、あの子は昏倒したんだ。途中で倒れないか気になるんだよ」
「では高耶様もご一緒に」
 いらして下さい、そう続く筈の言葉は、
「頼む」
「……」
 硬い声に、阻まれてしまう。
「頼む、小太郎」
 今は、1人で考えたかった。
大きな何かが、高耶の中で引っ掛っている。だから今は、1人にして欲しかった。
そんな高耶の思いが伝わったのか、小太郎は一礼すると静かに部屋から出て行った。
「ふ……」
 今までマコトが眠っていたベッドに、力無く腰を下ろす。そして何故か息を潜め、高耶は思考を巡らせた。
 足元から這い上がってくるような、それは感覚であった。良い、悪い、どちらでもない、何とも説明の突かない感覚が何時からか続いている。
 気の所為にしてしまえば、どんなにか楽であろう。だがそうしてしまうには、感覚はあからさま過ぎた。要するに、はっきりとしたものなのだ。
 そして夢
 高耶も、そしてマコトにも、接触は夢≠ナあった。
 高坂は確かに言っていた、均衡が、バランスが崩れてしまう、と。
「……」
 あの世界とこの世界は、全くの別ものの筈だ。なのに、それは違っていた。
「くそ……」
 驚くべき事に、何処かで繋がっているのだ。
 高耶は一度、元の世界に戻っている。そして高坂などは、行き来していた。それを思えば、繋がっている事は、決して不思議ではない。ないのだが……
「……」
 家系故の力であると、あの男は言っていた。だが果たして、それは真実であるのか?
 高耶はそれが、真実だと思っている。だがそれは、真実の一部にすぎない、とも。
 そこへ来ての夢≠ナある。
 マコトの夢は、明らかに高耶へのメッセージだ。 
 誰かの夢≠使う事の出来る力―――
「……」
 高耶の頭には、2人の存在が浮かび上がっていた。こんな奇妙な現象に関わるなど、2人以上いてたまるか。
「高坂……」
 あの、不可思議な男。そして、
「……」
 無意識でも、言葉に出来ない。
 まるで感覚は、高耶の足元から這い上がり、包み込むような温かさがあった。
「く……ッ」
 守って、いるのか―――?
「は……」
 高耶は自分が、泣きそうな顔になっている事を知らない。
 ボンッ
 拳をベッドに叩き付けた。
「くそッ!」
 何故涙が出るのか。
「くそッ! くそッ!」
何度も何度も、拳をベッドに叩き付ける。
 可愛いあの子……高耶を愛してくれた竜……
マコト≠ナあった理由、そして現れた親友。
 何もかもが分からない。
「……違う……」

 本当は、分かっているのか、オレは―――?

「オレ、は……」
 そのまま高耶は、小太郎が戻ってくるまで、横座りのままベッドに突っ伏していたのだった。




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 小太郎は更に、マコトの調査を続ける事となった。そんな報告を聞いた高耶は、翌朝何時もの食堂で直江と朝食を摂っていた。
「ぁふ」
 小さく欠伸をしつつ、サラダを突っ突く皇妃を、皇帝はジッと見詰めている。
 小太郎が去った後、バルコニーで色んな事を考えた。それは今のこの状況だけでなく、この12年、この世界で見てきた様々な出来事だ、
 本当に、色んな事があった。暗く悲惨な、血腥い世界も知った。
トサの圧政で、苦しんできた者達。今はこのエチゴの為に、働いてくれている赤鯨衆。
 オオウから救い出したミヤは、今も王城で元気に働いている。オオウでの奇妙で陰惨な事件の中で、唯一良かったと思える出来事である。
 シーバ教のモリ、オワリ新王の、周到かつ異常な罠からの脱出。その他、何故こんなにも、と思う程様々なトラブルが高耶を襲った。
何より高耶の脳裏にこびり付いているのは、リュウキュウ、女王ミナコだ。
 狂った、そして哀しい女だった。
 高耶との子を病的に望み、強姦し子を成した。だが結局子供は母と共に、腹の中で死んでしまった。高耶自身の、唯一血の繋がった子供である。
 望まぬ性交を図られた末、出来た子供だ。それでも、彼、彼女は、紛れもない高耶の子供である。
生を持つ事は出来なかったが、もし生まれていたら……そう、いまだに考える。
 本当に、色んな事があり、考えている内に夜が明けてしまったのだ。
「ふぁあ」
 お陰で今朝の高耶は寝不足である。
「高耶さん」
「あ、悪い」
 食事中に大欠伸をしてしまい、慌てて引っ込めた高耶はバツの悪い顔になる。誤魔化すように、グラスに残っていたフレッシュジュウスを一気に飲み干した。
「高耶さん……随分と眠そうですね」
 嫌味ったらしい直江の言葉に、高耶は唇を尖らせる。
「眠いな」
「昨夜は眠れなかったんですか」
「まあ、そんなとこ」
「ふん」
 意地の悪い眼差しに高耶は、目付き悪く直江を睨んだ。
「何だよそれ」
「いえ、珍しいと思って」
「オレだってそんな日もあるって」
「……」
「何だよ」
 ジッと見詰めてくる目に、高耶は居心地悪そうに顔を顰めた。
「……高耶さん」
「だから何だって」
 何時の間にか、直江の手も止まっている。それを見て、高耶は内心焦り始めた。
「何か、俺に言う事がありませんか」
 静かな直江の声に、高耶はドキリとする。だが顔に出す事なく、さり気無く目を逸らすが上手くいかない。
「何かって何だよ」
 口の中にあるベリーのパイが、何時もより酸っぱく感じられるのは、気の所為だろうか。
 惚ける高耶に構わず、直江は追及する。
「夢の続きでも見たのでは?」
 だが出て来た直江の言葉に、高耶は躯から力を抜いた。
「……」
 内心、昨夜の事が知れたのかとヒヤヒヤしていたが、そうではないらしい。少しだけ安堵しつつ、高耶は素知らぬ顔で肩を竦めた。
「もうあの夢は見てないよ。同じ夢って、あんまり見る事ないだろう?」
「……」
「何だよもう。おまえしつこい」
 苛立ちを隠さず残りのパイを口に放り込むと、丁度良いタイミングでやって来た給仕にお茶を頼む。
「それよりオレも、訊きたい事があるんだ」
「何ですか」
 しつこい、と言われムッとはしているが、それ程直江の機嫌は悪くない。それに安堵しつつ、高耶は思い付いた事を口にした。
「国内でも他国でも、何か変わった事はないか? 最近妙な事があったとか」
 出来るだけ、何気なさを装った。それでも直江は訝しみ、高耶を見ている。
「何故」
「何故って……普通気になるだろう? 何か変わった事はないかなんて、何時も訊いてるし」
「……」
 高耶の言葉はもっともであった。為政者として常に、国内外の異変には注意深く目を配っている。
「そうだろ?」
「……」
 黙ってしまった直江に嫌なものを感じ、高耶は探る目になった。
 本当に、何か起きてしまったのではないか……
「何か、あるのか……?」
 これが、良い知らせなら歓迎だ。だがこんな時の知らせは、殆どの場合逆になってしまう。
「何と言う程のものではありません」
 歯切れの悪い皇帝に、皇妃は少し乱暴にグラスを置いた。
「言わない程のもんならある訳だ」
 嫌味を隠さない高耶に、直江はにやり、と嗤う。
「ええ、そう言う事ですね」
「だったら言えよ」
「何故」
「何故ぇ?! おまえ、何言ってんだよ」
「言わない程、と言ったでしょう」
「……馬鹿だろ」
 何を遊んでいるのか気に入らないのか。言葉遊びに付き合う気分ではない。
「馬鹿ですか」
 シレっと嗤う直江に、高耶は眦を引き上げた。
「馬鹿……ッ! じゃねえよ一応……」
 為政者として、統治者として、直江は高耶の目から見ても天賦の才を持っている。それは認める、だからただの馬鹿、では無い。
 渋々訂正する高耶に、直江の表情が柔らかくなった。
「嬉しいですね、そんなに俺が好きですか」
 完全にからかってくる直江の機嫌は、多少は回復したようだ。対照的に、高耶は増々不機嫌になった。
「好きとは言ってねえ」
「じゃあ嫌いですか? この俺を?」
「……おまえ、自分でこの俺″とか言って恥かしくねえの?」
「全く」
「あっそ」
 ふん、と鼻を鳴らす高耶にだが、直江は止めとばかりに告げるのだ。
「嫌い、なんですか?」
「……」
「高耶さん」
 にやにやしているようで、見ると直江の目は決して笑っていなかった。薄紫の眸の奥には、剣呑で物騒な光が浮かんでいる。
 この目が、初めの頃高耶は嫌いだった。こんな目をされたりしたら、憎まれているとしか考えられないではないか。
 だが、直江の中の恐怖≠知ってから、どうしても嫌う事が出来なくなっていた。
 高耶が消える―――直江の持つ唯一の恐怖はこれだ。恐怖し憎悪し怯え、深層の部分で震えている。
 直江の内部を巣食う、黒く小さい、だが深い深いシミであった。
 高耶が少しでも、普段と違う素振りを見せると、この恐怖が直江の中に浮かび上がるのだ。
 離れるつもりなどないと、心配してくれるなと、何度となく訴えても直江の恐怖は消えてくれない。だから高耶は絶望しつつも、それを受け入れた。受け入れるしか、なかったのだ。
「おまえ……やっぱり馬鹿だ」
「……」
「おまえはオレのなのに」
「……」
「嫌いでも嫌いじゃなくても、そんなもんどうでもいいんだよ……おまえはずっと、オレのもんだ」
 言い切る高耶は清々しく、曇り無い笑みを直江に向けた。本心であり真実は、高耶の口から自然と零れていた。
「……」
 食入るように直江は、そんな高耶に魅入る。そして、ふ、と、これまで見たどんな人間よりも、秀麗な容姿を持つ男は息を吐いた。
「……俺は、あなたのもの……ええ、確かに」
 噛み締めるように、直江は呟く。
 高耶は知らない―――高耶にとっては何でもないような言葉はだが、直江にとっては命綱″である事を。
 だが、一方で直江も知らないのだ、直江が自分自身でさえ知らない闇≠、高耶こそが理解している事実を。
 泣きたい想いを飲み込み、高耶は直江の手を取るのだ。
「確かにそうですね」
「そうだ、今更だぜ?」
 にやり、と嗤う高耶に、直江も苦笑を浮かべた。
「だから言えよ」
「まだ言いますか」
「言う。ほら早く。おまえ忙しいんだろ? トロトロしてっと八海が押しかけてくるぜ?」
 ふふん、と鼻で嗤う高耶に、直江はやれやれ、と肩を竦めた。
「ですから、大した事ではないんですよ。ミヨシとの国境の街に、最近虹が頻繁に現れると報告が入っています」
「……虹?」
 ピクリ、と高耶の肩が揺れる。
「何だそれは」
 詳しく教えろ、とばかり高耶はテーブルの上で身を乗り出した。
「あの地方、そんなに雨降ったっけ?」
 ざわり……胸の奥が、ざわめき立つ。それに気付かぬ振りで、高耶は疑問を口にする。
「もう雨の多い時期は過ぎただろう? なのに虹か?」
「いえ、雨も無く、ただ虹が出るんですよ。しかもその虹は大きく色も濃くくっきりしています。それが美しいと、最近は人が増えていると、先日報告が入りました」
「……」
 虹―――
 虹とは、自然現象である。
 瞬間高耶は、ウオヌマでの出来事を思い出す。
 野菜が見た事もない程巨大に育ち、農民達は怯えた。そこへ高耶達は向かったのだ。
 直江は記憶を失い、そこへ高坂がやって来て……何とも苦い思い出である。
 記憶を取り戻したから良かったものの、もしもあのままであったなら、そう考えるとゾッとする。
 だがこの事件を知った直江の方が、高耶よりも衝撃を受けたのは確かであろう。
 自分の記憶から高耶が消えていた……どんなにか、恐怖であったか。
「それは奇妙だな」
「ええ」
 直江も何かを感じているらしく表情は硬い。
「いままで、そんな事はあったのか?」
「いえ、エチゴは無論、そんな現象は耳にした事はありません。もっとも、知られていないだけで、そう珍しくは無いのかもしれないが」
「……」
 ミヨシ、と聞けばやはり、ミホ姫……2人の息子の婚姻を考えてしまう。
 その街がミヨシに近いのならば、ついでに訪ねてみるのもいいかもしれない。
 手紙の遣り取りはあっても、ミホにはあれから2年会っていない。14歳から16歳、女の子が一番変わる時期だ。そう考えると会ってみたくなる。
 何よりも、その虹を見ておきたい。否、見なければならない、そんな気がしてならなかった。
「なあ直江」
 硬い表情の高耶を見て、直江は溜息を吐く。
「何を言い出すのか分かっています」
「話が早いな」
 不敵に嗤う高耶に、直江は嫌な顔になる。
 常に多忙である身だが、夏前の今の時期は、比較的政務が楽になる。
 ミヨシは隣国で、そう距離は無い。早馬を使えば、ここ王城から1日で到着する。広大なエチゴでは、国内移動するよりも近いと言えた。そんなミヨシ国境の街なのだ、手軽に視察に行けるのは事実であった。
そして今回の不思議な虹。
「な?」
「……」
 断る理由が見当たらない現状に、直江は舌打ちする。そんな皇帝に、皇妃はにんまりと、勝ち誇った笑みを浮かべるのであった。









ラストへの第一歩的巻です。




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