月ロケットと金平糖


                         Moon 1





                     

                    



”・・・・・・いたっ・・・・”

目的の人物らしき後姿を見付けた高耶の口元は、無意識に嬉しそなう形になる。
”彼”は今夜も、網を片手に持ち、星だらけの夜空を見上げていた・・・・・











キムさん、金平糖こんぺいとうとソォダスイ」

港口の直ぐ脇にある小さな屋台の店主に、高耶は制服のリボン帯を取り外しながら何時ものメニュウを頼んだ。
そんな少年に、キムは長い髭を撫で苦笑しながら薄いプレート紙に包まれた金平糖こんぺいとうと透き通った、透明の気泡の浮ぶソォダスイのグラスを手渡してやる。

「高耶君、また『星獲りほしとり』さぼったね」

それが図星だったらしうく、高耶、と呼ばれた少年は、手の中のリボンたいを玩ぶ。

「だってさ・・・・・」

高耶の言いたい事が良く分かるキムは、その優しい皺だらけの顔の苦笑を益々深くした。

高耶は、この『星獲りほしとり』の授業が嫌いだった。

毎年この寒い季節になると、学校ではこの街の名産である『星』を獲る為の夜間授業を行う。
空の向こうの、もっと向こうからやってくる星達を、この街を越えてしまうまでに専用の”網”で獲るのだ。
網に掛かった星達は、その途端に今まで放っていた輝きが消えてしまう。

高耶だって勿論、星を揚げたドォナッツや、今食べている金平糖は大好きだ。
でもやっぱり星は、空に浮び、キラキラしている方がいい。
それが目の前で見る見る、まるで死んでいく様な様子は、見ていて哀しくなってしまう。

だから、こっそりまだやっている筈の授業を抜け出し、こうして港にやって来るのだ。

黙り込んでしまった高耶に、キムは困った様に笑い、屋台の奥から白い包みを取り出した。

「高耶君、ホラ」
「?」

手渡された白い包みを開いた高耶の瞳が、途端にキラキラ空の星の様に輝く。

「いいの?」

嬉しそうに訊いてくる高耶に、笑ってキムは頷く。
その手の中に握られていたのは、高耶の大好きな”特別な星”の金平糖だった。

”特別な星”とは、今浮んでいる様な夜空を渡って来る星ではなく、人工的に作られた星だ。
この研究はつい最近始められ、まだまだ一般には知れ渡っていない。
高耶はこのキムから訊いて、知っていたのだ。

「食べて、ごらん」

キムに促されて、高耶は恐る恐る口に運んでみる。
カリ、と軽い音をたて、それは舌の上であっという間に溶けていく。
それは、酷く新鮮な感触だった。

「・・・へぇ・・・」

味は今まで知っている天然の星と、そう変わらない。
しかし、溶ける瞬間の味の変化が、何だか・・・・・

「面白い、かも・・・・・」

考え込んでいる高耶に、キムは可笑しそうに笑い、自分も口に放り込む。

「でも、美味しいだろう?」
「うん」
「じゃあ、もう授業に行きなさい」

優しくそう言われ、高耶は仕方なく学校へも路を引き返す為に港に背を向ける。
もうそろそろ譲が探しに来るのは分かっていたので、高耶自身、そろそろ、と思っていたのだ。

「行くよ、アリガトキムさん」
「ああ、またおいで」

遠ざかって行く高耶の背中を見送りながら、キムは小さい声で呟く。

「きっと、もう直ぐ会えるよ・・・・・・」











「高耶っ!」

自分を探しに来た譲と、学校の前でバッタリ会った。
譲は、困った表情で、高耶を睨み付けてくる。

「高耶、お前先生が探してたよ」
「・・・うん・・・・・怒ってた?」
「当たり前だろ?この授業サボったのって、何回目だよ」
「・・・・・・・・」

それを言われると、返す言葉が無い。
しかし、嫌いなものは嫌い、なのだ。

「分かってるんだけど、さ・・・」

自分が悪い事を分かっているだけに、高耶は益々俯いてしまった。
そんな様子の親友に、譲は深いため息を吐く。

「今夜はもう帰ろ、港には寄ってきたのか?」

何でもお見通しの譲に、高耶は隠し事は出来ない。

「うん、キムさんに会った」
「・・・・・キム、さん・・・・・?」
「何だよ。キムさんは良い人だぜ」
「まぁ、それは分かってるんだけどね・・・・」

譲は、あのキム、という老人が余り信用出来ないでいた。
御伽噺おとぎばなしの様な話しを高耶に聞かせ、高耶は単純で純粋だから、それをそのまま鵜呑みにしてしまっているのだ。
そんな様子に、譲は密に気を揉んでいる。
しかし、そんな事高耶に言っても逆効果なのは明らかなので、側で見張っている状態なのだ。

「譲?」
「・・・・・ん?ああ、何でもないよ、それより早く帰ろう、展望台行くんだろ?」
「行く」

そのまま2人は、港の反対方向にある、街を見下ろす丘の上ある展望台に向かう。
そこから見る北の夜空はら渡ってくる星達は、高耶の好きなものの、一つだ。
2人は並んで歩きながら、夜の街に消えていった・・・・・・












                     





                        






その日の夜、高耶は嫌いな『星獲りほしとり』の授業が終わり、何となく一人で港の近くにある、短い草以外何も無い荒地にやってきた。
窮屈なリボン帯を片手で外し、乱暴にポケットに突っ込む。
譲は用事があり、先に帰ってしまった。

今夜の星達は、何故か何時もより輝き方が違う気がする。
誰もそんな事は言っていなかった。
『星獲り』の教諭でさえも、何も言わない。
だけど、高耶はどうしても、胸騒ぎが押さえ切れずにいた。

キムさんに聞いてもらいたかったのだが、今夜に限って港に彼の姿は無いのだ。
こんな事は今まで無かったので、キムさんに何かあったのかもしれない、と、コチラの方も、酷き気掛かりで、高耶は居ても立っても居られない心境だった。

ふと、夜空を見上げる。

”あ・・・・違う・・・・・”

禍禍まがまがしい、とは違う、だけど、星達は、明らかに落ち着きを無くしている・・・・・・気がするのだ。

そんな気持ちを抱えたままの高耶の足は、自然とこの草原に辿り着いてしまったのだった。

”アレ・・・・・・・”

暗い視界の先に、何か動くものの気配を感じる。
高耶は立ち止まり、懸命に目を凝らした。

”人・・・・・?”

どうやら、気配の元は、人間の男らしい。
こんな時間に、こんな場所で、一体何をしているのか?

高耶は自分の事はすっかり棚に上げ、慎重に、気付かれない様、ゆっくり近付いていった。
そして、後5m位の所で、立ち止まる。
男の横にある、少し大きな岩の陰からそっと、盗み見た男の顔に、高耶は思わず声を上げそうになっていしまった。

”オッドアイッ?!!”

夜空を見上げる男の両目は、左がシルバー、右がルビィの様にあかく輝いていたのだ。

”アレ?”

良く見ると、男は『星獲り』の網を片手に握り締めていた。
しかし、それは良く見る普通の網とは違う、柄の部分が螺旋に曲がり普通の倍以上の長さがあった。
網は男の左目の用に、銀色の糸で紡いである。

随分長いその網は、遠目から見ても長身だと分かる男より更に、長い網だ。

男は高耶が見ているのには、全く気付いていないらしい。

表情の無い顔で暫く夜空を見上げていたのだが、男はおもむろに長い柄を持ち上げ、それを星に向けてゆっくり左右に振り出した。

高耶は、何故か吸い寄せられた様に、目が離せない。
そんな少年の目の前で、男は驚くべき光景を披露し始めたのだった・・・・・・











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         2001.1.16