月ロケットと金平糖 

                         Moon 2





                     

                   
その夜の星達のざわめきは、オッドアイの男が網を振った時、ピークに達した。

”えぇ?!!”

高耶はその光景に、息を呑む、だって、

”どうしてっ?!!”

男は腕を長く伸ばし、網を高く掲げ、左右に3回振った。
すると信じられない事に、星達は自分達から網の中へ飛び込んで来たのだった。
高耶が驚いたのは、それだけでは無かった。

網に飛び込んで来た星達は、その銀色の糸で紡がれた網の中に収まっても尚、
キラキラ輝きを失わないで、イヤ、却って増しながら、フワフワとした動きを止めないのだ。

”月人 つきびと だ・・・・・・・・”

彼はきっと、イヤ、絶対月人つきびとに違いない。
幼い頃聞いた御伽話おとぎばなし
それはそれは不思議な世界の御話で、高耶は夢中で大好きだった祖父から聞いたのだった。

夜空に浮ぶ、蒼く輝く月には、昔々月人つきびとが住んでいて”星”を生み出す力を持っていた。
しかし、彼等はどんどん高耶達の住む星に移住を始め、そして全てが移り住でしまった。
そして彼等の持つ力・・・・星達を操る事・・・・・は徐々に退化し、遂には消えてしまったと言う。
でも、



「最後に残った数人がいたんだよ」
「誰なの?」
「さぁ、おじいちゃんは知らないんだけど、きっと高耶が大きくなったら会えるかもしれないな」



そう言って、皺だらけの顔で優しく笑った祖父は、3年前に死んでしまった。
でも、高耶は信じていたのだ。
まだ、月にはいる、月人つきびとはきっと。

”彼が、月人つきびとなんだ・・・・・っ!”

もう少し見ていたいと思ったけど、彼の気付かれてしまうかもしれない。
だから高耶は、そおっとその場を離れた。
そして、同じ様に音を立てずにゆっくり草原を後にした。
また会える。
そんな思いを、確信しながら・・・・・・・








冬の風が消えてしまうまで、夜間の”星獲りほしとり”の授業は続く。
その日からの高耶の日課は、”彼”に会いにあの草原に足を運ぶ事だった。
その為か、”星獲り”の授業をサボらず出る様になっている。
譲は訝しみながらも、安心していた様だ。
ただ一つ、酷く気掛かりなのは、あれからキムさんの姿が見えない事だった。
譲に言っても、

「きっと別の場所で店を開いてるんだよ」

と言って、大して心配している様子は無い。
でも高耶はどうしてもそうは思えない。
自分に黙って消えてしまうなんて、キムさんに限って絶対無い、と確信している。
病気にでもなっているんじゃないかと、高耶は気が気じゃあないのだ。

”彼”の事も、聞いて欲しい。

そして高耶の心は、遠く夜空に浮ぶ、蒼く光る月に飛ぶ・・・・・・













                       











港近くの、夜の草原に通うようになって、1週間が過ぎた。

彼は何時も、あの不思議な星獲りの網をもって、数個の星を持って帰る。
それの繰り返しだった。

星達は、今夜も落ち着きなをなくしてる。
騒騒騒騒ざわざわざわざわ、高耶は囁きが、聞こえる様な気がして、ウットリ目を閉じる。

だから、そんな疑問が浮んだのは、本当に自然な事だった。

”彼”は、何処へ、帰るのだろう?

何時もの岩に身を隠しながら、高耶は彼が星を獲り終わるのを、息を潜めてジッと待つ。
何時も見付からない為に彼の作業の途中で帰るので、最後まで待つのは初めてだった。
そんな事実が、高耶の胸を躍らせる。

月人の彼は、1時間程網を振っていた。
数十個の星達を、腰にぶら下げている皮袋に詰める。
サラサラサラサラ・・・・・
星達は眠る様に、皮袋の中に流れていった。

そして、彼はそれをまた腰に下げると、網を左手に持ったまま高耶の隠れてる岩の横を通り過ぎ、
街の方へ歩いていく。

”何処、行くんだろ・・・・・・”

ワクワクしながら、高耶は彼の後追ったのだった。

彼は、草原を抜ける一歩手前で、ふと足を止める。
星達のざわめきは、何時も間にか、収まっていた。
月人つきびとは、今まで向けていた背中をクルッと回して、高耶の正面を向く。
長めの草陰に身を隠していた高耶は、驚いて息を止めてしまった。

「コンバンハ、隠れてないで、出てらっしゃい」
「っ?!!!」

心臓が止まりそうになった。

彼は、自分が付けて来ている事を、知っていたのだ。

しかし、不思議と恐怖は感じ無かった。
それは彼の瞳が、思いの他優しい光を湛えていたからだと思う。

「・・・・・・・・・コンバンワ・・・・・・・・」

小さい声で高耶は言うと、ゆっくり草陰から立ち上がる。

「ハイ、コンバンワ」

彼はニッコリ笑うと、高耶に向かって手を差し伸べたのだった・・・・・・・









差し伸べられた手に導かれる様に、高耶は彼に近付いった。
「一週間も、寒かったでしょう?」

何もかも、悟っている彼の言葉に、高耶は目を見開く。

「え・・・・・・・っ?!!知ってたの?」

その問いに、彼は穏やかに微笑みながら、ゆっくり頷いてくれた。
瞳を見ると、薄茶色で、綺麗な綺麗なの琥珀こはくみたいな色だった。

高耶が不思議そうにその瞳に魅入っていると、彼はクスクス笑う。
そんな笑いまでも、何処か不思議な声音に聞こえる。
しかしそれは、高耶の耳に酷く心地良く響くのだ。

彼は黙って、コートのポケットから白いセロファンの包みを取り出す。
そして、高耶の前のに差し出した。

「え?」
「開けて」

言われるままに受け取り、それを開いてみると、

金平糖こんぺいとう?」
「そう、好き?」

優しい瞳で訊ねてくる月人つきびとに、高耶は無言で頷くと、そっと渡されたセロファンを開いた。
中には、前にキムさんにもらった、”特別の金平糖こんぺいとう”が
キラキラ輝きながら高耶を迎えてくれた。

それく口に運ぶ高耶を、彼はニコニコ笑いながら、見ている。

「美味しい?」
「うん・・・・・アリガト」

そのまま暫くの間、黙ってソレを食べていた高耶だったが、間も無く全て食べ終わってしまった。
小さい声で、”ゴチソウサマ”と言う高耶に、月人つきびとは黙って歩き出した。
その後を慌てて追う高耶は、ずっと聞きたかった疑問を口に出してみる。

「あのさ・・・・・・あなたは月人つきびとなの?」

高耶の問いに、彼は立ち止まり、再びゆっくり振り返った。
彼の瞳は、優しいままだ。

「どうして、そう思うの?」
「だって・・・・・・」

月人つきびとは、古くから語り継がれてきた者達で、
今、この時間に、存在しているとは思われていない。
だから、この疑問は最もだと思った高耶はゆっくりと口を開く。

「・・・・・・あの網・・・・・・・目も・・・・・・」

それだけで、高耶の言いたいことを理解してくれたらしい。
だって、彼の笑みは、益々柔らかく深くなったのだから。

彼は数フィート離れていた距離を、段々縮めて、高耶の正面に立つ。
その時高耶の胸は、キラキラした期待に、これ以上ない程高鳴っていたのだ・・・・・・・



 





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