月ロケットと金平糖   

                            Moon 4



                   
                



高耶が目を覚ましたのは、正午少し前だった。
昨日帰ってきたのは、もう空が明るくなる頃だったので、まだ少し頭がボーッとしている。
窓から見える光景は、何時もと変わらないもので、高耶は何だかホッとした。
そして頭に浮んでくるのは、昨夜あった出来事だった。

ずっと影から見ていた月人つきびと、ナオエ、という不思議な男。
酷く優しい瞳を持った、星を操る男。

「・・・・・また、会える・・・・」

口に出すと、何だか彼の手の感触が蘇ってくる様な気がして、高耶は窓の外に目を移したのだった。










夜間授業にはまだ早い時間、高耶は家を出た。
足が向かう先は、あの草原、だった。
この、まだ完全に星達が輝く時間になっていない時に、来ていないのは分かっていたけど、足が自然に向いてしまうのだ。
ドキドキしながら草原に着いたが、やはりまだ時間が早いのか、ナオエは来ていなかった。
分かってはいたが、ガッカリしてしまう。
そのまま学校に行く気にはなれず、かといって行かなければまた譲に叱られてしまう。
そのまま草原に寝転がると、見上げる空が広くなる。
もう直ぐ、『星渡り』の季節が終ってしまう。
それは星獲りほしとりの授業の終りを意味し、今までは嬉しいと思っていた。
でも、今回は・・・・・・・・

”・・・・・・・ナオエ・・・・・・どっか行っちゃうかも、しれない・・・・・・・”

漠然とした、不安。
まだ会ったばかりなのに、何処か懐かしい気持ちにさせる、月人おとこ
頭に浮ぶのは、ナオエの優しい琥珀色の瞳。
高耶はそっと目を閉じ、流れる空気に身を任せた・・・・・・

それから、どれ位経ったのか、頬を撫でる風の冷たさに、高耶は我に返った。
慌てて身体を起こす。
こんな寒い季節にこんな草原で眠ってしまったら、風邪を引いてしまう。
それより何より、譲に酷く叱られる事は、免れない。
空を見ると、闇がやって来る時間だった。
急がなくては、授業に遅れてしまう。
高耶はマフラーを巻き直して、投げ出してあったリセバックを手に取ると、そのまま後ろ髪引かれる思いで、草原を後にした。















                       














授業が終ると、高耶はバッグを抱えて、飛び出すように教室を出ていく。
後で譲が何か言ってたが、それが耳に入る事は無かった。
キムさんは、いるだろうか?
ナオエ、は?
その事ばかり考えていた高耶は、当然授業など殆ど聞いていなくって、何度も譲に横から小突かれた。
それでも飽きづに意識を遠くに飛ばす高耶に、最後には諦めたのか、わざとらしくため息を吐いたのだが、勿論それに高耶は気付かなかった。
そんな友人の後姿を見送りながら、譲はイヤな胸騒ぎに眉根を顰める。

”ヘンなことに、首突っ込んでなきゃイイんだけど・・・・”

そんな譲の心配を余所に、高耶嬉々としてナオエが待つだろう草原に依急いだ。






「ナオエ!」

目に飛び込んできた長身に、高耶は思わず大きな声を出してしまう。
笑みをいっぱいに広げた高耶に、ナオエも目を細めた。

「コンバンワ、高耶さん」

相変わらず、ナオエは不思議な服を着ている。

「うん、コンバンワ・・・・・・・金さんは?」
金もナオエと一緒にいるとばかり思っていた高耶は、他に人がいないのを見て、心配気に男を見上げる。

「今日はちゃと、店を出してます。高耶さんの頼みですからね」

そう言ってやると、少年が表情を緩めた。
その柔らかくクセの無い黒髪を撫でてやると、高耶は心地良さそうに目を閉じる。
しかしその手にあの網がない事に気付き、ナオエの黒いコートを引っ張った。

「網は?」
「今日は、イイんです」
「何で?」

疑問は何でも口にする高耶に、ナオエはその少年らしい純粋さを見出して、大きな手を頬に滑らせる。

「今日はね、星達は、こないから」
「えっ?!」

これには、高耶は驚いた。
だって、今はラストシーズンではあるが、まだシーズンは終ってない。
終らない内は、量は少ないが星が流れてこない事は、今まで無かったのだ。
でも、ナオエの言う事に、間違いは無い。
それは、高耶の中で揺るぎ無いものになっている。

「行きましょうか」

何処へ、とは訊かない。
無言で頷く高耶の手を引いて、ナオエはゆっくり歩き出す。
高耶は気付いていないが、昨日よりずっと、ナオエの態度が柔らかくなっている。
昨日も勿論優しかったけど、今日はそれよりも、優しさに愛しさが加わった感じになっていた。
それは行動に現れている。

ナオエの手は冷たくて、サラッとしてて、気持ちいい。
冷たい筈なのに、暖かい。
そんな不思議な感触に、高耶はウットリ目を閉じたのだった。

黙って歩く沈黙さえ、心地良い。

暫く歩いた後2人が足を止めたのは、あの灯台のある港だった。

「ナオエ?」

不意に立ち止まったナオエに、高耶は声を掛けた。
それは少し戸惑いを含んだものだったのは、仕方ない事だ。
何故か灯台の灯りは消えていて、空にはさっきまで沢山いた星達がいない。
星の消えた夜空、だった。

そんな沈黙の中で、高耶は唐突に金を思い出す。
今日は店を出すと言っていた。
彼も、月人つきびとだと聞いたのは、つい昨日。
それでも、それをスンナリ受け入れた自分を、高耶は改めて思い直す。
あの優しい初老の男の纏っていた不思議な空気が、高耶にその事実を違和感を与えなかったのだ。

キムさんも、いるのかな?”

漠然と考えたが、それは確信に近い。
きっと、ナオエと金は一緒にこのまちにやって来たのかもしれない。
でも、星達のいない宇宙は、高耶に微かな恐怖を与える。

「ナオエ・・・・・・・星が・・・・・・・」

不安を滲ませのた声に、ナオエの高耶のを握る手に力が入る。
それは”大丈夫”と言っている様で、それだけで高耶は不安が消えていくのが分かった。
そのまま闇の中を歩いている内に、2人は灯台の入口に着いた。
アァルデコの白い灯台は、今は沈黙を守っている。
それが恐くないワケじゃあないけど、ナオエの冷たくて、暖かい手が高耶をココに引き戻してくれた。
何時もは閉ざされてる入口が、今夜は開いていて、ナオエは何の躊躇も無く高耶の手を引いて中に入っていく。

「・・・・ナオ、エ・・・・?」

初めて入る白い巨大な陶器は、不思議と中は暖かい。

「もう、来ます」
「え?」

何時の間にか琥珀だったナオエの目が、オッド・アイに変わっていた。
その変化に戸惑いつつ、目が離せない。
だってそれは、酷く綺麗だったから。
今まで見たナオエの瞳の中で、今夜のそれが、一番美しい。
それは不思議な光を湛えていて、高耶を陶酔に誘い込んでく。

そのままナオエに手を引かれて、高耶は灯台の一番天辺に来ていた。
海が、サラサラ鳴いている。
星達は今だに姿を見せない。
ナオエは、口を閉ざしたままだけど、横にいてくれるだけで、高耶は安心出来た。

それから暫くの間、2人は宇宙と海の混ざり合った闇を見詰めていた。
が、高耶はその変化に気付き、思わずナオエを握ってる手に力が篭った。







「・・・・・・・ぁ・・・・・・・・」

真っ暗だった闇が、ソレに、飲み込まれていく。

星達のいない宇宙に現れたのは、高耶の見た事のナイ、それはこの灯台に似たモノだった・・・・・・



















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