月ロケットと金平糖   

                          Moon 5



                     

                  

海のカタチが段々変わっていくのを、高耶は呆然と見詰めていた。
白い陶器の天辺は、寒い筈の風が暖かい。
黒い闇の海にポッカリ浮かび上がる、それはそれは幻想的な光景。
手をスッポリ包んでいてくれたナオエの大きな手が離れ、高耶は不安気に男を見上げると
直ぐにその手は肩を抱き寄せてくれた。
「ナオエ・・・・・アレ、何?」
高耶はそれ。。から目を離さないで、ナオエの躯にしがみ付く。
昔祖父に貰ったリトグラフ、その空にあった、不思議な不思議な物体。
白くボンヤリしたそれ。。は、概視感デジャヴゥを感じさせた。
キラキラしてるのは、それ。。の周りに星達が纏わり付いているからみたいだ。

キラキラキラキラ

段々近付いて来るのに怖くないのは、ナオエが一緒にいるから。
灯台と同じ高さの、不思議な物体。
そのカタチを見た高耶は、アンモナイトみたいだと思った。
丸いのに、尖ってる。
アァルデコの灯台と同じで、陶器みたいに白い。
でも、灯台よりも、少しだけ大きい。
「ナオエ・・・・・・」
高耶の小さい声に振り返ったナオエのオッド・アイは優しく細められている。
それ。。はとうとう、高耶の目の前までやって来た。
「ぁ・・・・・・」
今までそれにくっ付いていた沢山の星達が、白い陶器から剥がれ落ちる。
ヒラヒラ落ちて海の紺に混じる瞬間、パチン、と弾けて消えてしまった。
「あの星達は、あれ。。をここまで、導いてきてくれたんですよ」
「星が、案内したの?」
「そう、だから迷わずに、このまちまでやって来れたんです」
「ふーん・・・・」
返事をしながらも、高耶の視線は目の前の白いアンモナイトに似たものに釘付けだ。
そこで、ハッ、となった。
もしかしたら、コレは・・・・・
「ナオエ!」
「どうしたんですか?」
ナオエは少し驚いたのか、目を大きく見開いた。
突然高耶が、不思議なカタチのコートにしがみ付いてきたからだ。
「ナオエ!アレに乗って帰っちゃうの?!そうなの?!」
高耶の表情は、必死だった。
それはたいそう可愛らしくナオエの目に映り、柔らかくその躯を、コートの中に守るように包み込む。
「帰りませんよ・・・・・・まだ、ね・・・」
最後の台詞はとても小さく、高耶の耳には届かない。
だからその答えに安心した高耶は安心して、囲いの中の暖かさにウットリ目を閉じたのだった。
「じゃあ、行きましょうか」
「え?何処へ?」
「港、ですよ」
キムさん?!」
そう言われて、さっきナオエが、今夜は店を出している、と言っていたのを思い出す。
それは高耶の日常。。で、安堵にホッと息を吐いた。
でも・・・・・・
”アレが来ちゃったら・・・・・・何時か帰っちゃうのかもしれない・・・・・”
一欠けらの不安を胸に、高耶はナオエの後に着いて灯台を後にした。
入り口を出ると、暗い海を振り返る。
「ぁ・・・・・・・・」
今まであった筈のアンモナイトの姿が、何処にも見当たらない。
驚きでその場から動けない高耶の肩をそっと抱くと、ナオエは何も言わずに灯台を後にした。












「金さん!」
2人が港に行くと、高耶の望んだ情景が、そこにはあった。
ナオエの横を手を繋いで歩いていた鷹耶は、嬉しそうに走り出す。
赤いテントの小さな出店は、金平糖の甘い匂いを漂わせている。
「オヤ、高耶君、今晩は」
「うん!今晩は」
ニコニコ、何時もの笑顔で高耶を迎えると、その後ろにいるナエオに目をやる。
ナオエを見た瞬間、その笑顔が少しだけ哀しいものに変わったのを、高耶は気付かない。
「ドォナツが揚がったかよ」
そう言って白いセロファンに包まれた星のドォナツを、金さんは高耶に手渡す。
「ありがと」
甘い甘いドォナツを頬張ると、口の中に不思議な甘さが広がった。
「金さん金さん、さっき灯台行ったんだ、ナオエと」
今になって、あの幻想的な情景の美しさに、高耶は興奮に頬を染めた。
「大きくて白いものが、星達と来たんだよ・・・アレは・・・・・何?」
最後の問いは、ナオエに向けたものだ。
考えて見ると、あんな不思議なものは初めて見た。
それに、忽然と消えた事実。
暗黒の夜空に浮かび上がる、不思議な不思議なアンモナイト。
「・・・・・・アレはね・・・・・月ロケット、なんです」
「月・・・・・?」
答えたナオエに、金さんは驚いて顔を上げる、
ナオエはそれに気付かないフリをして、言葉を続けた。
「そう」
「じゃあ、アレはどうしてこのまちに来たの?」
「それは・・・・・・まだ、言えません」
笑顔は優しかったけど、それ以上の答えはくれないもので、高耶は、そう、と言ってまたドォナツを口に入れる。
それから暫くの間、沈黙が落ちた。
高耶はドォナツに夢中な心の隅で、ナオエとさっき見た月ロケットを思う。
そして、星達。
アンモナイトの案内人。
高耶は、濃紺の空を見上げる。
そこにはやっぱり、星はいない。
金さんの出店には、今夜は金平糖は無いようだ。
どうして、とは、高耶は訊けない。
それは、沢山の昂揚感の中の、微かな憔悴感の所為だと、高耶は分かっていた。
それでもやっぱり、初めて見た空に浮く物体は、高耶を十分ワクワクさせたのだった。














あれから間の無くコンパートメントに帰ってきた高耶がベッドの中で思うのは、やっぱり白いアンモナイトに似た白い物体。
ナオエと金さんは、アレに乗ってこのまちに来たのだろうか。
だとしたら、アレに乗って、月に帰ってしまうかもしれない。
ナオエは帰らない、と言っていたけど、2人は月人つきびとなのだ。
何時かは、自分達のまちに帰って行ってしまうだろう。
そんな事を考えながら、高耶はベッドの中で寝返りを打つ。
眠れそうもない。
仕方なくベッドから起き出し、部屋から外に突き出している透明な筒状になったものに顔を入れて、外を見下ろした。
遥か下のある地面は、夜の闇の所為で全く見えなかった。
もっとも昼間でも、見える事など無いのだが。
そして、それから今度は天窓の自動シャッターを開いて夜空を見上げた。
銀河を望む暗黒の空に、高耶は思いを馳せる。
目を閉じた世界に現れるのは、綺麗なオッド・アイを持った、優しい月人ナオエの瞳だった・・・・











                                             next moon





    




                                             ne