敷地内にある、教師の為の宿舎。
そこは一棟一棟、多少だが離れていて、教諭の為とはいえ贅沢な内に入る造りになっている。
正直言って、私の今まで住んでいた東京の下宿と比べて、天と地の差があった。
思いの他良い待遇に、首を傾げてしまう。
それだけこの学院が潤っている、という事にして、取り敢えずは納得した。
生徒の親達は、余程太っ腹らしい。
寄付金も、相当なものなのだろう。
そんな下世話な事を考えていると、ノックの音が私の物思いを破った。

この部屋に来て初めての来客は、数日前案内を買って出てくれた山嵜教諭だった。

「少しは、慣れましたか?」
「はぁ・・・・・まぁ、何とか」

山嵜に御茶を出しながら、私は胡乱な返事を返す。
そんな私の様子を気にもしないで、山嵜は快活に続けた。

「この学校は、中々のモンでしょ?」
「はぁ・・・少し驚きました、贅沢ですね、色々と」

私の返事に山嵜はカラカラ笑い、それにね?と言った。

「何です?」

もったいぶった言い様に、興味がそそられる。

「華族の子弟が殆どなんですがね・・・・皇族の血を引く生徒もいるんですよ」
「へぇ・・・・・・・」
「まぁ、皇族、って訳では無いんですが、多少血が入っている程度なんですがね」
「はぁ・・・・成る程」

それならば、頷ける。
しかしどちらにしても、私には縁の無い世界だ。

「仰木公爵家の子息が、その生徒なんです」
「仰木・・・・・・・あぁ・・・・」

縁の無い私でも聞いた事があるその名前、華族の中でも有数の成功者だった現当主の父親、彼の興した事業は尽く当たり、今では日本国有数の資産家になっていた。
そこに家柄も付いてくる、となれば、その子息、というのは、さぞかしこの学院でも優遇されているのだろう。

そんな考えを山嵜に言うと、彼は少し困った表情になった。

「・・・・・まぁ、確かにそうなんですが・・・・・・・・色々問題が、有りましてね・・・・」
「問題?」
「否、問題、と言う程のものじゃあ無いんですが、少し・・・扱い難いのは、事実、ですかね」
「それは、どういった事、ですか?」

その話は、私の興味を誘った。
見た事も無い、今まで縁の無い世界に足を踏み入れたつもりなのか、私は少し、浮かれていたのかも、しれない。

「いやね、仰木は身体が弱く、体操などの学科は出た事は無いが、成績はかなり良いんです・・・・・秀才、と言ってもいいんじゃあないかな」
「身体が弱いのに、全寮制の学院ここに?」
「それ、それなんですよ」

我が意を得たり、といった様子で、山嵜は身を乗り出してきた。
人は良さそうだが、噂好きらしい。

「何でも、御家騒動に巻き込まれない様に、って配慮らしいですよ」
「御家騒動?」
「そう、何でも現当主の父親、彼の妾の子供がいましてね、仰木にとっては一応伯父に当たるんですが、歳がまだ30前後でして・・・・・それが次期当主を狙っている、といった所らしいんです」
「では、その伯父が自分の姪の、その・・・・・・・」
「”命を狙っている”」
「・・・・・・・雅か・・・・・」

幾ら何でも、其処までは、と思った直江の考えを否定するかの様に、山嵜は真剣な様子で続けた。

「厭厭、分かりませんよ、我々庶民とは全く違うんですから、資産が数千万、といったら、命も狙うんでしょうなぁ」
「・・・・数千・・・・」

想像も出来ない額の金額に、私は絶句してしまった。
しかし、山嵜はそんな私を笑うと思いきや、困った表情をしている。

「山嵜先生?」

山嵜は何か、考え込んでいる様だった。
これから言う事は、余程言い難い事らしい。

「・・・・・・いやね・・・・・これは単なる噂、なんですがね・・・・・・・・」

それから、山嵜から聞かされた話は、私を驚愕させるもに、十分だった。

「・・・・・・・つまり・・・・・・その仰木公爵の・・・その子息は・・・・・・」

誰とでも、情交を持つ

山嵜の言いたい事は、そういう事、だった。
ここは、上野や池袋の淫猥な歓楽街ではない。
高等学校、しかも、上流の子息が集まる場所だ。
確かに今の風潮は、女を追い掛けるよりも、稚児を持ったり男同士の結び付きの方が、硬派でストイック、で通っている。
しかし、名門中の名門の子息がその様な行動をするなど、どうも考え難い。
そんな私の考えなど御見通しらしい年配の教諭は、更に渋い顔になった。

「それだけだったら、まだ良かったんですが・・・・・・」
「”それだけ”?」

こんなにも破廉恥な噂を”それだけ”と言ってしまう彼に、私は訝し気な表情になる。
しかし私のそんな考えが、酷く甘かった、と、彼の次の言葉で打ち消される事となってしまった。

「・・・・・・・生徒が一人・・・・・・死んだんです・・・・」
「え・・・・・・・・?」

思い掛けない山嵜の言葉に、私は一瞬彼が何を言っているのか理解出来なかった。

「原因は・・・・・・・彼、仰木、らしいんですよ」
「え・・・・・?っと・・・・・彼が・・・・・・殺し・・・・た?」

私の情け無い程掠れた声に、山嵜は無言で首を横に振る。

「殺したのは、別の生徒です」
「・・・・・・・・一体・・・・・・」
「きっとこの噂は直ぐに直江先生の耳に入ると思います、だからその前に、こうして話してしまおう、と思ったんですが・・・・」

そこで一旦言葉を切ると、山嵜は今度は酷く重い口調で切り出した。

「・・・・・・・その二人の生徒は・・・・・・・何と言いますか・・・・・・・仰木の情人、だった・・・・・・飽くまでも”噂”ですが・・・・・」
「・・・・・情人・・・・・」

その生々しさに、私はその時何故か、あの礼拝堂で会った少年の、血の滴る様な唇を、思い出してしまい、内心酷くうろたえてしまった。
だからそれを顔に出さない様苦心する羽目になる。

「生徒達の間で聞いたのですがね、仰木自身は全くその気は無く、暇潰し程度の気持ちだったらしいのですが、問題の二人の生徒が本気になって・・・・・まぁ、独り占め、したくなった、といった結果の惨劇で・・・・・」

こんなエ上流社会で、こんなスチャンダラスなカストリ的な事件が起こっていた事実に、私は暫し呆然してしまったのだが、直ぐに事件を起こしたにもう片方がどうなったのか気になり、それを山嵜に尋ねた。

「・・・・・・あぁ・・・・・その、殺した方の生徒は・・・・・・・・・」





――自殺、しましたよ――





その事件があった夜、殺された生徒・・・・・・仮にAとしよう・・・・・が、仰木の子息の部屋に来て、そのまま性交をしていた、そこへ殺したほう・・・・・こちらはB・・・・・が突然乱入して来たのだった。





右手に握り締められた、舶来物の、鋭いナイフ、
ベッドの上に、覆い被さっていた身体が振り返り、その目が驚愕に見開かれる、
”驚愕”が”恐怖”に変わる間も無く、何度も上下に振り下ろされる右手、
飛び散る、鮮血、
”彼”の、白い肌を彩る・・・・・・・あか・・・・・・

その時、”彼”は確かにわらっていたのだ・・・・・





「・・・・・先生・・・・・?」
「・・・・・・・・」

今私は、何を考えていた・・・・・?

山嵜の話を聞いている内に、ベッドに組み敷かれている少年が、”あの少年”に摩り替わっていた、しかも、それだけではなく・・・・・・・

私の様子を変に思ったのか、山嵜が顔を覗き込んできた。
私はそれに、曖昧な笑みを反す。

Bはそのまま自分の首を掻き切り、寮長が駈け付けた時には、辺りは地の海だったという。

「・・・・・・それで・・・・・・彼、仰木は・・・・・・?」

私の問いに、彼は疲れた笑いを浮かべる。
そこに自嘲が滲んでうたのは、私の気の所為では無いだろう。

「彼は・・・・・・別に 犯罪を犯した訳ではないのですから、多少事情を訊かれましたが、別に御咎め無し、です」
「・・・・・・・・」

それは当然だ。
高が国家権力が、”仰木”に逆らえる訳が無い。

「彼は、ここを辞めなかったのですか?」

こんな忌まわしい事件が起これば、流石に仰木とは言え、居心地が悪くなるに決まってる。

「辞めていませんよ」

イヤにきっぱり、山嵜は言った。
そこに混じっていた嫌悪感を、私は見逃さなかった。

「生徒達の間には、その場に仰木はいなかった事になっています、まぁ、信じるか信じないかわ本人達の自由ですがね」

この事件は、当然揉み消されたので、世間では知られていない。

それから少し世間話をして、山嵜は自分の宿舎へ戻って行った。

余りにも淫猥で、淫らな情景、
私の脳裏には、先程浮んだ、”彼”の血を纏った姿が焼き付いている。
それを美しい、と思ってしまった自分を否定するよ様に、私は握った拳に力を込めた、のだった・・・・・・・・・・・・












                              続

                                       2001.3.4.




       の



              高耶が全然出てこない、しかも暗いし。
                  ホラ―って、難しいね。。。。
         こんなん、ドですかね?書いてる方は結構楽しいんだけど。