設楽が部屋へ戻った後、私は彼の話した内容について考える。
”殺された”とは、随分物騒な話だ。




「・・・・結城は・・・・・・自分は殺される、って言ってました・・・」
重い口を開くと、設楽は初めにこう切り出した。
「言っていた、とは?」
余りにも漠然としていて、話が良く掴めない私は、鸚鵡返しに尋ねる。
「それでは、殺された結城、という君の同室の生徒は、自分が死ぬ・・・・・・・殺される事を予め知っていた、と言うのか?」
「はい、間違い無く、そう言ってました・・・・・・・・僕は初めはそんな事本気で聞いていなかったんですが、結城の表情があんまり切羽詰った様子だったので・・・」
「誰に?」
「え?」
「だから、結城は”誰”に殺される、と言っていたのかね?」

殺される、と言うのだから、勿論そこには”殺す”者がいなければならない。
私は当然の疑問として設楽に尋ねると、彼は酷くうろたえてしまった。

「あ・・・・・あぁ・・・・・・否・・・・・・そこまでは・・・・・・分かりません・・・・・・・済みません」

申し訳なさ気に項垂れる設楽の肩に、手を置く。

「別に君の所為じゃあない。何も君が謝る事は無いよ」
「・・・はい・・でも・・・・・」
「有り難う、良く話してくれたね、こと事は学長に報告しておくから」
「・・・・・報告・・・・するんですか・・・・・・?」
「え?あぁ、やはり殺人、となると憲兵にも言わなくてはならないしね」
「でも・・・・・・本気にするでしょうか・・・・・・・」
「それは分からないよ、でも亡くなった本人が言っていたのなら、報告の義務は有る」









翌朝まだ事件を色濃く残している校舎内を歩いていると、バッタリ山嵜と会った。
私は昨夜設楽から聞いた話を聞いてもらおうと、彼を呼びとめた

「山嵜先生、少し宜しいでしょうか?」
「あぁ、直江先生、お早うございます、何でしょうか?」

まだ授業が始まるのに時間があったので、私達は彼の教諭室に入り、話しをする。
どうせこの後報告するのだし、隠す事えでも無いと思った私に対して、山嵜の反応は予想と違っていた。

「・・・・・・直江先生・・・・・その事は、黙っていた方がいいですよ・・・・・」

思いもしない山嵜の言葉に、私は眉根を寄せる。
「何故です・・・・・・?」
私の不審気な気持ちに気付いたらしい山嵜は、何時になく言い難そうに口を開く。

「・・・・今の時期、これ以上の面倒を持ち込むのはどうかと・・・・多分学院側も同じ考えだと思います」
「面倒?!これは殺人かもしれないんですよ?今は明治じゃないんです、日本は今近代化の道を歩んでいます、法が公正に試行する事こそが、近代国家のあるべき姿ではないんですか?」
「直江先生・・・・・この島。。。では・・・・それは通用しないんですよ・・・・」
「・・・どういう、意味ですか・・・・・?」
「いくら広い、と言っても、本土から隔離だされた島、なんです・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

山嵜の言いたい事が、何となく解かった。
時間の止まった空間は、それを独特の”法”が支配するのだ、しかし・・・・・

「山嵜先生の仰る事は良く解かりました、しかし、私はこの事を黙っている事は出来ません。これから学長の所へ行って報告してきます」
「・・・・・そこまで仰るなら、私は止めません・・・・・」

特別気分を害した風ではなかったが、山嵜は何処か気落ちしている様に見えた。
しかし今の私にはそれを気遣う余裕は無く、そのまま彼の教諭室を後にしたのだった。

その後教頭に会いに行き、昨夜設楽から聞いた話を話した私は、彼の”私から学長に話しておく”と言う言葉を信じて午前の授業のた為に教室に向かった。







しかし、事態は自分の想像もつかない状況に進み始めていたのを、きの時の私が知る由もなかった・・・・・・・・







事件が、漏れた。
何処からかは分からないが、今回の生徒の水死事故の記事がいかがわしいカトリス誌に自殺を匂わす文章で書かれたのだ。
それは胸が悪くなる様な記事で、まるで生徒同士の痴情の縺れの末、とも取れる記事だっのだ。
勿論、以前私が聞いた”仰木”の事件に掛けてある・・・・そう、あの血生臭い異常な事件が、とうとう世間に明るみになってしまったのだ。

アンダァグラウンドの世界には、流石の仰木の力の届かなかったらしい。
名前こそは出ていないが、知る者が読めば、それが”仰木高耶”だと分かるものだった。

開崎が知らせてくれた手紙に寄ると、新聞に書かれいないのは無論だが、人々の口に乗っている、と言う事なのだ。

学院側の行動は早かった。
学院を一時的に閉鎖し、今後の対応を考える、との事だった。
まだロクに教鞭を取っていない私に取って、この事態はやっと得た仕事を失うかもしれない、と言う心配より、ここから離れられるかもしれない安堵感の方が大きかった。

恐らく学院は直ぐに元の機能を取り戻すだろう。
これは、一時的に世間と生徒の親達の目を誤魔化すだけの、安易な措置だ。
しかし、金儲けとは、得てしてそういう物なのだ。

ガラン、となった学院の島は、僅かな教諭達ともう直ぐ島を離れる生徒しかいない為、今まであった陰暗さが殊更強調されている。
今日山嵜が島を離れる、と聞いた私は挨拶に行こうと、彼の宛がわれている自室に足を運んだ。

「山嵜先生?いらっしゃいますか?」

人の気配はするのに、何の返事も無い事を不審に思う。
それに、中から厭な空気を感じた、これは前に知っている・・・・・・・・・そう、あの教会で感じた・・・・

「山嵜先生っ!」

鍵の掛かっていない扉は、直ぐに開く。



「―――っ?!!!」








「また会いましたね、直江先生」

どうして、彼だと分かったのだろう・・・・・・

「・・・・・・仰木・・・・高、耶・・・・・・・・・・」

高耶の持ったナイフは、刃から柄まで赤く染まっており、彼の腕、白いシャツ、顔、全身全てが鮮やかな鮮血に染まっていた。
その足元には・・・・・・・

「・・・・・・山嵜・・・・・先生・・・・・・・・・・・・・」













                                            


                                             2001.3.27

           
      
                やっと出来てたよ、高チン・・・・・・・・