五
ヨヨハネ黙示録第14章3
わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、
また来て あなたがたをわたしのもとに迎えます。
わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです
取り押さえられた高耶は、何の抵抗もせずに素直に拘束された。
私が暫し自失している間、彼は子供の様に無邪気に嘲笑っていた。
床に転がっている山嵜だったものは、死語硬直して尚、苦悩の表情を晒している。
私は血に濡れるのも構わずに、彼にゆっくりと近付いた。
相手はナイフを持っており、しかもたった今人を殺めたばかりだというのに、私の足は止まらなかった、否、止められないのだ。
私が正面に立つと、高耶は不思議そうな顔で、見上げてくる。
そっとその手からナイフを取り上げると、彼は何抵抗もせずに、されるがままで掌を開いた。
冷静に戻った私は彼の手足を縛り上げてから人を呼びに行こうと考えたが、何故かそれをする気にはなれず、無謀と解かって彼一人を残し部屋を出る。
その時私の身体は血で所々汚れていたが、そんなものは全く気にならなかった。
早足で歩いていると、今の状況を段々と把握していくのだった。
殺人、それも生徒が教諭を。
その上、自分が第一発見者、なのだ。
眩暈のする様な状況に、しかし私は赤を纏った彼の姿だけが、目の奥に染み付いて離れないのだ。
吐き気がする程、美しかった・・・・・・・・・・
今彼は、職員の使う休憩室の一室に、監禁されている。
あれから残っていた数人の教諭達が彼を拘束し、ここへ連行したのだ。
しかし彼は一切の抵抗をしなかったので、始め恐々の態で拘束していたのだがやがて安堵した様に細い身体を扱った。
取り合えず血濡れの身体を綺麗にさせ、今は今後の対策を談合している。
仰木の家には、直ぐに知らせたらしいが、私は家族の反応を知らない。
憲兵に引き渡されるのだろうか・・・・・・?
「直江先生」
背後から教頭が声を掛けてきたのを、私は気付かなかったらしく、彼は心配そうに顔を覗き込んでくる。
世間はまだまだ和装なのだが、この学院の者達の殆どが洋装なので、彼の和服は私の目に返って新鮮に映る。
彼は私がショックを受けていると、思っているのだろう。
それは当たり前なのだろうが、その実私の頭には”赤”しか無かったのだ。
「何えでしょうか?」
「あの・・・・・実は仰木の家に連絡を入れたのですが・・・・・」
「それで、何と言っているのですか?」
「家から使いの者を寄越すので、それまで本土の駐在に通報しないように、との事でした」
「なっ?!」
その言葉は私に絶句させたが、しかし一方では納得している。
名門華族、仰木の家から殺人者が出れば、世間は挙って囃したてるだろう。
「五百円も積めば、憲兵も物狂いの凶行とし片付けるでしょう」
「・・・・・・・・・」
教頭の言葉に、私は無言で頭を下げてその場を後にした。
給金二十八円五十銭の私にとって五百円は大金だが、”仰木”にとってははした金なのだから、どうという事はないのだろう。
しかし、高耶は何故山嵜の部屋に赴き、そして殺めたのか、それが酷い気になった。
無論、もの狂いなどでは無い、それは確信している。
彼は酷く高耶を厭っていた事を、思い出す。
あれは”厭う”というより嫌悪にていた様に思う。
それなのに、何故・・・・・・・・・?
私は何度も寝返りを打ち、一向に訪れてはくれない睡魔を待つ。
しかし、それが無駄だと分かると、そのまま布団から起き上がり、窓を開いた。
冷え夜気が、熱った身体に心地良い。
その時、表に何かが動いた気がした。
窓の外は中庭になっていて、私はここから見る光景を気に入っている。
背の低い樹々が何本か集中して植えてある影に、樹以外のものが確かに動いた。
「?」
意識を集中させると、何やら物音も聞こえた様な気がする。
無論、ほんの微かなものなのだが。
”嗚呼、また・・・・・・・・だ・・・・・”
滅多に感じ無い騒騒騒騒とした胸騒ぎが、私の神経を、犯す。
そのままフラフラと誘われる様に、足が影を追う。
そして・・・・・・
「ここ、は・・・・・・・」
影が私を誘導した先は・・・・・・・・
「教・・・・会・・・・・?」
行っては、いけない。
心の中が警鐘を鳴らす。
しかし、私の足は止まらない。
ギイッツ―
篭った音が、酷く耳障りだった。
今夜は雲っているので、月明りさえ無い礼拝堂は、隔離された世界だ。
不思議と恐怖は感じ無い。
何故なら私は本当の恐怖を、知っているからだ。
闇に目が慣れてくると、礼拝堂内の様子がボンヤリと浮び上がってくる。
足を踏み出す度に、ギシッギシッと樹が軋む音がした。
「!」
声を、無くす。
「こんばんわ、直江先生」
「・・・・・・ぁ・・・・・・あぁ・・・・」
喉がヒリ付いて、言葉にならない。
彼は、そこにいた、
祭壇の上に寝そべり、上半身だけ起こして私をジッと見詰めている。
眼が・・・・・・
「来れよ、迷い子よ」
赤い・・・・・・・・
「何、故・・・・・・」
やっと搾り出した声は、見っとも無い程掠れていた。
「人間とは、かくも罪深い」
凛とした声が、礼拝堂内に響き渡る。
「そうは思いませんか?直江先生」
「・・・・・・・え?」
白いシャツを着た高耶の手には、あの山嵜を殺めた時持っていたナイフが握られている。
何故監禁されてる筈の彼がここにいるのか、その事よりも私は銀製の柄に精工な彫りが施されているナイフから、目が離せなかった。
それだけで生きている様な、そんな波動が伝わってくるのだ。
ニイッ、と笑った彼の口端から、鋭い牙が突き出ている。
コレハ、アシキモノ
震える足を叱咤しながら、ゆっくり祭壇に近付いていく。
「仰木・・・・・・何故ここにいる・・・・・・」
彼は、殺人者なのだ。
捕らえて再び拘束しなくてはならない。
怯えを悟られない様、無理に固い声を出すが、彼はそんな私の心など全て見透かしているらしい、嘲笑いを湛えたまま、私が側まで近付くのを待った。
手を、伸ばす。
「なっ?!!」
その次の瞬間、
「・・・・・・・・・何・・・・・・だ・・・・・?」
私は礼拝堂に、独り切り、だった・・・・・・・
続
2001.3.28
迷える子羊直江?
ストーリーテラーと呼ばれる人がいるけど、
その欠片でもいいから、分けて欲しい・・・・
何なんだ?この展開!