七
「ねぇ先生・・・・・・・俺としたくない?」
「え?」
自失していた私は、彼のこんな言葉で我に返った。
既に、動揺を隠したり取り繕う、などどいう事も出来る状態ではない私を見透かした様に、高耶は血濡れの様に紅い唇を動かしている。
私はその赤しか、目に入っていない。
フラフラとした足取りで、吸い寄せられた、その時、
「直江先生!」
「あ・・・・・・」
部屋に飛び込んできたのは、先程会ったばかりの色部だった。
ハッとして高耶を見ると、持っていた筈のナイフは消えており、口元から覗いていた牙も見当たらなかった。
色部は部屋に入った途端、私と高耶の間に流れる奇妙な空気に気付いたらしく、鋭い目付きで高耶を睨んだ。
それを詰まらなそうに逸らし、彼は再び膝に顔を埋め、蹲る。
「直江先生、ちょっと来て下さい」
「何かあったんですか?」
「・・・・・・・・」
無言で廊下に促された私を、色部は厳しい表情を崩さずに学生寮へ連れていった。
そして、ある一室の前で立ち止まる。
「ここは・・・・・?」
「・・・先生の持ってらした学級の生徒がいる、設楽の部屋です」
「ぁ・・・・・・・」
そう言われて思い出す、彼に同室の友人結城は”殺された”と、言われた事を。
しかしそれを相談した山嵜は、高耶に殺されて・・・・・・
”また、高耶、か・・・・・・”
唐突に思う、高耶はわざと山嵜を殺害し、そしてざわと捕まった・・・・・・・・・・
馬鹿な考えだ、何故そんな考えが浮んできたのか?
しかし、私のそんな胡乱な思考は次の瞬間完膚無き程に、破壊されてしまった。
色部が止める前に、その扉を開けてしまったのだ。
そして、部屋内の光景が飛び込んでくる。
「っ?!!!」
銅製の取ってを掴んだまま、私は凍り付く。
「・・・・・・な・・・・・・・・・・」
「手伝って頂きたくて、先生を御呼びしたんです」
言葉を無くしている私の背中に、色部の冷静な声が掛かる。
「まだ他の先生方には知らせていません、兎に角生徒がこのままだと可哀相なので、下ろすのを手伝って下さい」
「・・・・・・・はぃ・・・・」
天井にある煉瓦の縁に引っ掛かった麻で出来た紐は、もの言わぬ設楽を支えている。
死語硬直した身体は引き下ろすのに苦労したが、幸い私は平均的日本人よりも大柄に出来ており、まだ少年の設楽を何とか下ろす事が出来た。
自ら首を括り命を絶つ、という行動に出たこの少年に、一体どんな葛藤があったのか。
私の部屋にやって来たのは、ついここの間なのだ。
納得出来ない。
哀れみと憤りの感情はが沸いてきて、制御出来なくなりそうだった。
ベッドに横たわる設楽を、首を項垂れて見詰めている私に、色部が静かに語り掛ける。
「・・・・・・・直江先生・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・私は・・・・・・・気付く事が、出来なかった・・・・・・・・彼は私何を言いたかったのか、を・・・・・・」
「それは」
どういう意味です?と尋ねる色部に、私はこの前彼が私に話した内容を聞かせた。
「・・・・・山嵜先生が亡くなり、すっかり私は忘れていたんです・・・・・っ?!!!」
いいきなり言葉を切り、目を見張った私に色部が何か言っているが、今の私にそんなものは耳に入ってこない。
あった、のだ・・・・・間違い無く。
設楽からふと目を机の上に移した私の目に飛び込んできたのは、
あの、高耶の、ナイフだったのだ・・・・・
「直江先生?」
しかし、次の瞬間、それは消えていた
「何を、した・・・・・・」
「・・・・・・」
殺された設楽に付いての連絡を色部に任せて、私は真っ直ぐ悪魔が待つ部屋に直行した。
色部は怪訝な表情をしていたが、何かが起こっている事を何となく感付いているらしく、何も言わなかった。
高耶を見る色部の目は、憎悪に見えた事を思い出す。
しかし山嵜の場合単なる嫌悪にしか見えなかったそれは、色部の場合ハッキリと”敵”として映されていた事までは、今の私には気付く筈もなかったのだった。
怒りを露にしている私に向かって、高耶は薄笑いを崩さない。
他の教諭達に対しては決して表情を見せない彼が、何故私だけその様な顔を見せるのか?
そして、先程の、聖書の話・・・・・
「・・・・・・まだまだ、死ぬよ」
「なっ?!」
クスクス嘲笑う悪魔は、禍禍しい程に美しい。
「先生・・・・・これはね、復讐なんですよ」
「・・・・・・・・何故だ・・・・・・・・」
搾り出す様な私の苦渋に満ちた声に、高耶は不思議そうな顔をする。
「何故、君は私にそんな・・・・・・そんな話をするのだ?」
「それはあなたが・・・・・・・・・・」
高耶はそこで、一旦言葉を切る。
「私、が・・・・?」
「まぁ、いいです、その内解かりますよ」
「・・・・・・・」
それ以上尋ねる事が出来ない私は、しかし確実に彼との時間に慣れて、きている。
そう思った次の瞬間、慌ててその考えを振り払う。
「先生・・・・・もう行った方が、いいですよ」
「・・・・・一つ、聞きたい・・・・・・・・君は一体・・・・・・・・」
「クスクスクス・・・・・男の弟子12人は、男が丘の上で事切れた後、その遺体をある場所に移した・・それから男を再び迎える為に土地を開拓し、荒れ野原だった地を生き返らせたんです」
彼は、何を言おうとしているのか。
「しかし、それから間の無く一つの箱舟がこの島に漂着した、彼等は皆飢え弱り切っていて、暫しの休息と僅かなパンを求めた・・・・・・・しかし弟子達は、男の再び発つこの地を完璧に保つ為に、彼等を・・・・・・・」
―――皆殺しに、したんですよ―――
「!」
絶句した私の背後から、
ガチャッ、と音がする。
「直江先生」
それは、色部だった。
彼が入って来たと同時に、高耶の手に握られていたナイフと、口元に鋭く覗く牙が消える。
「ぁ・・・・色部・・・・・・先生・・・・・」
見事に掠れた、私の声。
空気が、変わる。
高耶は私から視線を反らし、色部の動きを息を潜めて探っている、様に感じた。
穏やかな印象だった色部の纏う空気が、突然ガラッと変化する。
「仰木、訳の分からない事を言って、直江先生を困らせるんじゃない、君は人を殺めたんだ、しかも自分の教師を」
何時にない、厳しい声だった。
先程色部が顔を出した時は無関心だた高耶だったが、今度は薄笑いを浮べたまま正面から対峙する。
「色部先生、もう、手遅れですよ」
「!」
高耶の言葉に、色部の顔が見る見る青褪めていく。
カタカタ震える肩に、私は慌てて彼の側に駆け寄った。
「色部先生?どうされたんですか?」
「彼は大丈夫ですよ、直江先生」
それに答えたのは、高耶だった。
「この位では、彼がどうにかなったりしませんから」
「・・・・・・ぇ・・・・・・・・?」
どういう事だ?色部と高耶の関係は・・・・?
「色部先生っ!大変ですっ!!教頭先生がっ!!」
その静寂は、再び暗雲を背負って、掻き消される。
「何、だって・・・・・・・?」
益々顔色を無くした色部の顔は、既に土色になってしまている。
そしてその目は、これ以上無い程見開かれ、真っ直ぐ高耶を射抜いていた。
私はただ無様にも、立ちつくすだけだ。
高耶は酷く、楽しそうだった。
外の嵐は、益々荒れ狂っていく・・・・・
続
2001.3.30
色部の正体や、いかに!
聞く所に寄ると、コレがみちろうUPもの通算200コ目らしい
何だかなぁ〜フゥ・・・・