その光景に、背後の色部が息を飲んだ気配が伝わる。
実は私は失念していた、あと一人、この色部がいたことを。
私が胡乱な瞳で彼を振り返ると、彼は怒りに燃えた目で、私と高耶を睨み付けている。

「・・・・・直江・・・・・・・・それ。。から離れるのだ・・・・・またそちら。。。。。へ行く気か?」

”また・・・・?”

また、とはどういう意味だ?
しかし、既視感デジャヴに襲われている私には、その言葉によって、封印された過去が蘇ろうとしていた。

「直江、お前の罪は、あの方は御許しになったのだ・・・・・もうその悪しきものに捕われてはいけない」
「悪しき、もの?」

色部の言葉に、高耶は酷く楽しそうに返す。

その時になると、不法の人が現われますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。
不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、 また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです」

再び『テサロニケ』を言い放った高耶の澄んだ声音に、色部は睨み付ける視線を鋭くする。

「お前には、忘れられない一節だろう・・・・・
お前達使徒は、この言葉を免罪符にして、殺戮を行った」
「違うっ!」
「・・・・色部・・先生・・・・・?」

狂った様に叫んだ色部に、私は動揺で彼を凝視した。

「違う?何が違うと言う・・・・・・サタンオレの存在を利用して、邪魔で・・・・・哀れな者達を・・・・直江も邪魔になったのだろう?」

クツクツ喉の奥で笑う高耶に、色部の顔色は、紙の様に白くなっていた。

「直江・・・・・・中々思い出さないお前の為に、仕方が無いから教えてやろう・・・・・この者達は、お前えをも、殺め様としたのだ」
「・・・・・・高耶・・?」
「流浪の民を皆殺しにした己の同朋達に絶望し、お前はこの地を離れ様とした、しかし、この男や、他の者はそれを許さなかった・・・・・・・・お前等の言う、”あの方”の為の欠片。。がが欠ける事など、我慢出来なかったらしい・・・・・・何とも、勝手な理論だな」
「貴様っ!」

激昂する色部の存在など刃がにもかけず、高耶は私に語りかける。
嵐は・・・・・益々荒れ狂っていた・・・・・・

「それでもここを離れ様とするお前を、この者達は、最終手段として、殺そうとした・・・・まぁ、出て行くなら、死体でもこの地に縛り付けておこうとしたのだ」

解かるか?と、私を見る紅い瞳はが酷く妖しく・・・・・・優しいのに、私は無言で頷いていた。
そして、脳裏の霧が、急速に晴れていくのが、解った。
そうだ、ある夜、私は突然襲われた、かつて仲間と呼んでいた、彼等に。
瀕死の重傷をおった私は・・・・・・・・たかやを召還したのだ。


再びこの地に彼等を集め、そして共に・・・・・・断罪を受ける為、に・・・・・・


「思い出した様だな」

私の心を読んだ様な高耶の声に、ハッと顔を上げた。

「俺を契約を、交わした事を」

そうだ、私は彼と・・・・・彼を・・・・この手で犯したのだ・・・・・契約を完成させる為に・・・・・

それは、ソドムの行為・・・・・同性同士で交わる行為・・・・
大量の血を流し消え逝く命の下で、私は全てを忘れてこの美しい悪魔たかやの身体に、溺れた。
そして、かつて無い恍惚の中で、その命を終結させた、その時確かに彼の声を聞いたのだ









―――契約は、確かに完成した―――









「グアッ―」

断末魔が、礼拝堂に響き渡る。

目の前の色部の喉には、あのナイフが深深と突き刺さっている。
それをボンヤリと、焦点の合わない眼で見ていた私は、必死に伸ばしてくる腕が、力無く崩れ落ちるまで、その場を動かなかった。

そして、再び静寂が訪れる。




「約束を、守ってくれたんですね」

全て思い出した抑揚の無い私の声に、高耶は満足そうに頷く。

「契約は、破らない」
「そうですか・・・・・・・では最後の・・・・」

そう、私も共に滅ばなくてはならない。

「甘いな」
「え?」

ニヤッと、これ以上無い程邪悪に笑う高耶に、私は訝しむ。

「これを見ろ」

そう言うと同時に、目の前に銀製の鏡が現れる、そしてそこには・・・・・

「!」

驚きに声も出ない私に、高耶は声を上げて笑う。
それは無邪気で、子供の様な笑顔だった。
しかし、その時の私には、そんな事を考える余裕など無かった。
眼が・・・・・・口元、が・・・・・・・

鮮血の様な、真っ赤な瞳、そして口元からの覗く、銀の鋭い、牙・・・・・・・
それは、彼と同じもの・・・・・・

「お前は、消滅させない、俺と来るのだ」
「なっ?!契約と違うっ!!」
「愚かな使徒よ、忘れたか?俺の存在の意義を・・・・・・・それに、お前は再び俺を抱いてしまった」

解かるな?この意味、と言われ、私は今回の件で一番狼狽する。
闇に嵌ちた使徒を、あの方は決して御許しにはならないだろう。

「また、愚かな事を考えているな?既に奴はお前を放逐している、遥か昔、俺と契約を結んだ時に」
「え・・・・?」
「しかし悲観する事は無い、お前の方から先に、奴を見捨てたのだ」
「私・・・・・・が?」
「そうだ、だから俺はお前を連れて行く気になった・・・・・・まだ解からないのか?お前は既に俺に魅入られている事を」
「・・・・・・・・・・」

それは、紛れも無い事実だった。

それを自覚した途端私の心を支配したのは、淫猥な満足感。

「さぁ、おいで」

差し伸ばされた手を、私はゆっくり、力なく握った。
ヒンヤリとした乾いた感触、それは何ものとの違う、彼だけがもつ質感。

あかい瞳が私を見て、嬉しそうに細められる。
私だけの、美しい悪魔たかや
永遠を意味する、その存在

私の新しい主・・・・・否、遠い遥かな昔から、彼が私の神だったのだ・・・・・

だからその手を、取る

「おいで」
「はい」





嗚呼、私は.....完全なる愛のかたちを、手に入れた・・・・・・


















                                              
終劇

                                             2001.4.2

        

            
如何でしたでしょうか、初のホラ―
     でも全然怖くなかった・・・・・怖くないのはホラ―と呼ばないのでは?
     しかしある意味、みちろうの描くものは、全部ホラ―かも・・・