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 高耶が教室の椅子に座ってボンヤリ窓の外を見ていると、ふと名前を呼ばれた。何かと思い振り返ると、そこには、見覚えのある同級生が三人、机の横に立ち見下ろしている。
 クラスは違うが、学年が同じなので、顔位は覚えていた。
「何?」
 キョトン、とした表情は、造り物の様な美貌に幼さを加える。それはだが、この場合において余計なものであった。
「ちょーっと、話あんだけど」
 ニヤニヤと嗤う顔に、友好的な零囲気は無い。そんな空気を読み取った高耶が困った顔になると、三人の内の一人が腕を掴み乱暴に立たせた。
「ちょっとだけだからさー、な?」
 強引に教室から連れ出そうとされている高耶を、他のクラスメイトは眉根を潜めて、或いは興味津々、といった態で見守っている。
 三人は、この学園では珍しく、余り素行の良くない生徒で、そんな三人が色んな意味で有名になってしまったクラスメイトにどんな用事があるのか、露骨な視線が突き刺さっていた。
「もう直ぐ授業、始まるから……」
 俯く高耶にお構い無しに、少し制服を着崩した生徒が、苛付いた様に吐き捨てた。
「だからさぁ!ちょっとって言ってんじゃん!」
 大きな声に、教室が一瞬静まり返る。そんな様子に益々苛立ちを増した三人は、今度こそ強引に言う事を聞かせ様と腕を引っ張った。
「何やってんだ?お前等」
 突然入ってきた声に、高耶は驚いて顔を上げる。
「この仰木君には、オレが用事があんの。先輩優先なんだよ」
 そう言って乱入者―――千秋は、高耶の腕を掴んでいる生徒の腕を、捻り上げる。
「ィ……痛…っ!」
 千秋は、直江と共にこの学園で知らない者はいない有名人だ。
 シニカルでモデルの様な整った容姿と身体的スタイル、その言動。教師に反抗″などと頭の悪い事はしないが、言葉巧みに丸め込むのは日常茶飯事だ。そんな先輩の訪れに、再び教室がざわめきを取り戻した。
「な、何だよっ!」
 それでも、一応いきがっていると自負している三人は、形だけでも反論を試みる。しかしそんな態度も、千秋に鼻であしらわれた。
「お前等、あんまり見っともねぇ真似は止めた方がいいぜ?中途半端で恰好付けで態とらしく悪振ってても、マジみっともねぇだけだしよ。首切られる度胸もねぇのに……本当は殴り合いもした事ねぇんだろ?恰好ばっか頑張っちゃって、笑えるの通り越して哀れだな」
 辛辣な千秋の言葉と蔑む嗤いに、三人の生徒は怒りと羞恥で躯を震わせている。言われた事が真実だからこそ、負の感情が倍増するのだろう。
余りに見っとも無い状況に、周りからも失笑が漏れた。それを感じて、屈辱で顔が赤から青く変わった。
 今にも飛び掛かって殴り付けたいのは山々なのだろうが、何しろ相手が悪かった。
 生意気な一年″と、プライドばかり高い上級生を瀕死の目に合わせた、街に出た時制服を見てカモ″とばかり言い掛かりを付けてきたチンピラを四、五人返り討ちにして重症を負わせた、など、派手な噂に事欠かない千秋なのだ。
 飽くまでも噂″であって証拠が無いので、学園側としても、処分を下せない。しかも成績は極めて優秀で、実力者の子息なのだ。
 見っとも無い状況に我慢出来なくなったのか、三人の生徒はニヤニヤ馬鹿にした様に薄嗤いを浮かべている千秋ではなく、呆然と横に立っている高耶を睨み付けると、足早にその場を去って行ってしまった。走り出さないのは、なけなしのプライドなのだろう。そんな様子に、千秋は苦々しい思いにと捕われていた。
 一体、何を剥きになっているのか、あんな馬鹿な連中に。確かに下らない連中とは思ったが、あれでは八つ当たりに近い。子供っぽい感情を剥き出しにしてしまった自分にため息を吐き、まだ呆然としている高耶を振り返った。
「よお」
 千秋の何時もの挨拶に、高耶もやっと、笑顔を見せる。
「今日は」
 何か?と、首を傾げる高耶に、苦笑を漏らした。
 確かに、態々三年が一年の教室に足を運ぶのは、珍しい事に違いない。
「別に……中庭、付き合えよ。気分転換にさ」
 肩を竦めて誘う台詞に今までの棘は無く、純粋に顔見知りの後輩を誘っている風にしか見えなかった。そんな千秋の様子に、もう直ぐ授業が始まりそうなのだが高耶は笑顔で応じる。二人は並んで教室を出て行く後姿を、たった今まで緊迫した空気で好奇心を楽しんでいたクラスメイト達は、複雑な思いで見送ったのだった。
 校舎の床は寮とは違い歴史を感じさせる板張りで、二人が歩く度に、小さな悲鳴を上げている。三年と一年の校舎が違う為、二つの校舎から寮へ向かう小道に合流する場所で待ち合わせた。
 千秋がその場所に向かって歩いて行くと、先に来ていたらしい高耶の姿が数メートル先に見える。小道の先には藤棚があり、少年の姿が透けて消えてしまう錯覚に陥った千秋は、複雑な思いで頭を振った、気持ちを切り替える為に。
「仰木」
 何もなかった様に千秋が手を上げて合図をすると、高耶は何時もの白い笑みを見せた。
「悪ィ、待ったか?今日直江のヤツ委員会に呼ばれてるから、遅くなるぜ」
「知ってます」
 当たり前の様に帰って来た返事に、千秋は苦笑した。二人の関係を唯一知っている千秋に、高耶は余り構えないらしい。それが嬉しいのか苛立たしいのか分からない千秋は、曖昧に口元を歪めた。
「そうだな、オレが知ってて仰木が知らない訳ねぇもんな」
「そんな事…無い、ですよ……?」
 もしかして、と千秋は思った、高耶は分かって着いて来たのだと。直江の影が無い時間に、態々同行を誘う意味、に。
「派手に咲いてんな」
 この学園の構造は、英国庭園の様な造りになっていた。
 フランス庭園の様な派手さは無いが、今現在行われているガーデニングとは違い、時間を遡る古き良き時代の、精密機械の如く計算し尽くされた空間。
 堅実な美が、そこにはあった。
 平行に並ぶ二学年の校舎と一学年の校舎の、一学年の脇を少し入った所に、小道はある。小道を抜けると図書館があり、更にその奥に凹型の寮が建っている。校舎から図書館に向かう丁度中間地点に、場違いとしか思えない、大きな藤棚が広がっているのだ。
 英国の空気を思わせる庭園に突然現れる薄紫の空間。確かに、そぐわない筈なのに、不思議とその場に溶け込んでいるのを、千秋は常々首を傾げていた。


 彼は、そこにいた。


 淡い藤色は煙立つ様で、何処かへ連れ去る前兆を、千秋に思わせる。
 それは決して綺麗な予感では無く、凄まじい禍々しさに、思わず背筋を凍らせた。
「……」
「先輩?」
 振り返る彼の儚さに、千秋はそれ・・に取り込まれてしまった友人を思い、そっと目を閉じる。
「あ?あぁ……何でもない……」
 そう?と首を傾げると、高耶の意識は薄紫に移っていく。
 実際千秋は、自分が何を言いたいのか分からなかった。ただ、今の刹那的な状況に、危機感を抱いていたのだ。
「……仰木……」
 静かな声に、高耶の視線が薄紫から千秋に移る。
 高耶の後ろに立った千秋は、そっとその細い腕を掴んだ。そのまま持ち上げると、その細さの所為か、大き目の詰襟の袖が重力に従って落ちていく。袖の部分が肘の所まで落ちると、Yシャツの袖の釦を留めていない所為で、白い腕が露わになった。
「……」
 蒼黒く、変色した、肌。
 腕の白さと細さを彩る、しみの、印し。
 現れたものの余りの痛々しさに、千秋は言葉を失う。
「……」
「先輩……いいんです…これで、いいんです……」
 高耶には千秋が何を思い何を言いたいのか、良く分かっていた、恐らく、本人よりも。哀しい笑みを浮べ、それでも幸せそうな高耶に、
「……そう、か……」
 もう、何も言う事は無かった。
 そう言った切り、沈黙が落ちる。
 二人は黙って広大な藤棚の創る薄紫の情景を眺めた。
「……ぁ……」
 サーッ、と厳かな音に千秋はふと辺りを見回す。
 何時の間にか、雨が降っていた。だがそれは、霧雨と言っていい程の弱く細いもので、高耶は黙って藤の海だけを見続けている。
 霧に霞んで、薄紫に高耶はどんどん溶け込んで、やがて見えなくなった。
 千秋の頬に、水滴が伝って流れれいく。それは雨なのか、それとも他の何か・・なのか。それは千秋自身にも、分からない。
 甘い甘い絶望感に、千秋は何時までもその場から動けなかった………








 


 ドカッ

 鈍い音と同時に、何かが倒れる音が続く。
 目の前には、肩に肌蹴た白いシャツを纏わせた全裸に近い彼が蹲っていた。
 後ろ手に縛られている彼のペニスは天を向いていて、今にも射精しそうだ。そんな彼を見下ろす眸はきっと、これ以上無い程冷えたものだろう。熱に潤んだ瞳で懇願するように見上げてくる彼の腹を、衝動のままに蹴り上げた。
「ク…ゥ……ッ!!」
 跳ね上がる、細い肢体。同時に、青臭い香りが、部屋に広がる。
 静まり返った部屋にあるのは、彼の荒い息だけだ。
 躯には、服で見えない所にだけ、無数の痣が広がっていた。そんな彼の躯は、何より美しいと感じる。
 無機質なリノリウムの床には、彼の出した精液の白が、コントラストを創っていた。
 俺は、黙って見ている。
 その内動き出した彼は、四つん這いになった。
 手が後ろで縛られているので膝だけで支える形になっている、そんな姿勢が苦しいのか、それとも別の所でなのか、荒い息の下で苦悶の表情を浮かべるのだ。
 ピチャ ピチャ
 床を彩っている自分の精液を猫のように、舐める。そんな彼の肩を、再び蹴り付けた。
「ぁう……っ!」
 ハア ハア ハア ハア
 横倒しな姿勢で、床に転がる。
頬を涙で濡らしながら、それでも恍惚とした顔の彼は、オレの前まで這い摺ってきた。
何とか膝立ちすると、手が使えないので口でファスナーを下ろした。
 俺は、何も言わない。
 ハア ハア ハア ハア
 意思の見せないペニスを口で取り出すと、ゆっくり舌を這わせていった。
「…ン、ンン…ンク……ンン、ン……」
 夢中で、子供が飴玉をしゃぶように、口腔で舌を這わせる。
 暫くそのまま見下ろしていだが、前髪を掴んで引き離してやった。加減などしないので、彼の顔が苦痛に歪む。
「ァッ、クゥ……!」
 前髪を掴んだまま顔を覗き込む。
 焦点の合わない虚ろな視線を漂わせ、口元からは唾液が流れ、壮絶な淫猥さを醸し出していた。
 前髪を掴んだ手を引くと、躯はそのまま床に崩れ落ちる。横倒しになった姿勢で、苦しい息の下で俺を見上げた。
「…りょ……」
 そのまま腰だけを掴んで、そのまま何の処置もせずに乱暴に怒張したペニスを突き入れた。
「ああぁぁぁ―――ッ!!」
 悲壮な悲鳴が、部屋を支配した。
 それに全く気に留めずに、進入を拒絶するアナルに、グイグイ強引に押し込んでやる。
「やあぁぁっ!!……ひああぁっ!」
 悲鳴に苛付いたように、乱暴に揺さぶった。
 もはや彼に苦痛を耐える術は無い。
 白い内股には、濃赫色の液体が伝う。
 鉄分を含んだ特有の匂いが、部屋を覆う。叫び続けた所為で、漏れる掠れていた。
 彼の白い背中が、段々ぼやけて霞んでくる。細い啜り泣きを何処か遠くで聞きながら、頬を涙が伝ってた……









 父親が知らない大人達と話込んでいるのを尻目に、そっとその場を離れる。子供にとって、この場所は退屈以外、何物でもなかったから。
 広大な日本庭園に君臨する、厳つい老人。それが誰だかなんて、興味など無い。
 普段無口で威圧感のある父親が、老人の前ではまるで別人だった。
 緊張が、厭でも伝わってくる。
 詰まらない。
 早く帰りたかった。
 帰って、ゲームでもしたいと思った。だから、ふと目に付いたものを見極めようと思い付いたのは当然の成り行きで。
 中庭、と呼ぶには余りにも広い庭に面している屋敷の脇にある、細い通り道。その奥には、一体何があるのだろう?
 ゆっくりそこへ向かっても、誰にも咎められなかった。
 入り込むと、もう先程までいた庭園からすっかり姿が隠れている。勿論、自分からも庭園は言えなくなった。
 広い屋敷の所有する面積は、子供にとって自分が通っている小学校と変わり無い程広い。 ワクワクする気持ちを抑え切れずに、早足に奥へ進んだ、奥へ
 奥へと。
「……わぁ……」
 目の前に広がる光景に、足が止まった。
 自分が声を漏らしていたのにも、気付かない。目に飛び込んできたのは、薄紫の世界。
 何か・・が藤″ と言う名の華だなんて、勿論知らなかった。それが発する色、濃厚な香りに、ただただ、圧倒されていた。


 そうだ、


「ぁ……」
 

 そこで何か・・、見付けなかったか?
 そこで、何か・・、を――――


 記憶に、薄紫の、霞みがかかってくる。






 そして藤の香りに俺は・・犯されながら……彼を・・犯していくのだ―――