Spaghetti Life






■後編■


夜用事があるとか言って、
千秋は土曜の夕方帰っていった。
オレはまた、1人きりになる。
別にそれは構わないんだけど、
土曜の夜、って思うと何となく淋しい。
ボンヤリ、面白くもないTVを観てると、
玄関の方からガチャガチャ音がする。
「・・・・なお・・・・え?」
自分以外にこの家に帰ってくるのは、直江しかいない。
そんな事思ってたら、直江がオレのいるリビングに入って来た。
ソファアに座ってるオレをチラッと横目で見ると、
冷蔵庫の中からサンキストのオレンヂをパックごと口に運んでゴクゴク飲んだ。
オレのよりずっとデカい喉仏が、上下に動く。
そのまま自分の部屋に戻ろうとした直江に何だか無償にムカついて、
オレはちょっとキツイ声を出した。
「珍しいじゃん、土曜に帰ってくるなんてさ」
オレの厭味にも全く答えない直江の背中に、
オレは更にムカついて、デカい声を出したてしまった。
「待てよっ!何なんだよお前の最近の態度っ!
言いたい事あんなら言えよっ!イライラすんだよっ!!」
「!」
直江が、顔色を変えたのが分かったけど、
勢いはそんな急に止まれない。

「大体っ!ついこの前までは”高ちゃん高ちゃん”てついて回ったくせに、
身体がデカくなって女が出来たらそれかよっ!オレは一応兄貴なんだぜっ!
そりゃオレは見かけお前の兄貴に見えないけどっ!それでも・・・・・・・っ!!」

「・・・・・仲、イイんですね・・・・・・・」

「はぁ?」
オレと対照的な落ち付いた、っつーかドンヨリした声に、
オレの勢いがピタッと止まる。
「・・・・・千秋・・・・・・昨日泊まったんでしょ?」
「え?・・・・・・・あ、うん、そーだけど」
何なんだ?コイツは急に。
会話か全く噛み合わない。
オレは何だか気が抜けて、
直江に続きを促してやる。
「それが何?」
「何してたの?」
それは、驚く程冷たい声だった。
「・・・・・え・・・?」
「昨日の夜、千秋とナニしてたの?」
何コイツ。
今まで殆ど口きかなかったのに。
しかも、言ってる事意味不明。
「はぁ?何言ってんのお前、訳分かんねぇ事言ってねーで、
オレの質問に答えろよ」
オレがそう言った途端、直江の無表情が動いた。
無表情じゃナイ顔見んの久々。
でも、どうやら悪い方に変化したらしい。
だって、その表情見て、オレは思わず腰が引けてしまった。
その位、何と言うか、陰に篭った、
強暴さを秘めた笑みだったから。
「言いたい事、だしたっけ?」
ニヤリ、そんな言葉がピッタリの笑み。
「う、うん・・・・」
ミョーな迫力の直江に、オレは完全に押されてる。
「アイシテル」
「・・・・・・・・・へ・・・・?」
きっとオレの顔は、これ以上ない程マヌケズラだろう。
コイツ、今何っつった?
呆然と見上げてるオレをどう思ったのか、
直江は突然顔を顰めて目線を逸らしてしまった。
「・・・・・冗談、ですよ・・・・・・」
泣きそうな顔が、
小さい頃オレの後を泣きながら追っかけてきたものとダブる。
コイツにこんな顔させて、黙ってられる訳ない。
何て言っても、カワイ弟に変わりないんだから。
「オイ、ちょっと待てよっ!」
そのまま出て行こうとする直江の腕を、
オレは咄嗟に掴んだ。
掴んだ腕がギクッ、って強張ったのは気の所為だろうか?
オレはそんな事考えた瞬間、だった。

「え・・・・・?」

いきなし世界が反転してる。
気が付けば、オレの目に天井が飛び込んでくる。
慌てて起き上がろうとするが、出来なかった。
その原因は直ぐに判明する。
「・・・・・・退けよ・・・・・」
オレをソファアに押さえ付けてる直江を睨むが、
声が弱々しくなっちゃうのはコイツの顔の所為。
女に騒がれてる整った顔が、
泣きそうに、怒った様にオレを見下ろしていた。
ここの所、ズーッと無表情で、しかも無視されまくってたオレは、
直江の突然の変貌に、ついていけない
「・・・・・直江・・・・・・?どうした?」
出来るだけ優しい声で訪ねてみるが、返事ナシ。
オレは焦った。
カワイイ弟にこんな顔させちゃったままじゃ、いけない。
だから、次の瞬間、何が起こったか、暫く理解出来なかった。


「?」
「・・・・・・・・」
「っ?!!!!!!」


オレが我に返ったのは、口の中に未確認物体が侵入した時だった。


そう、

「〜〜〜
んん〜〜〜っ!!」
オレは、直江に・・・・・・・キス、されていた・・・・・・






「お・・・・・・っ!お前っ!!!」

やっと解放されたオレは、
呼吸困難でゼーゼー言ってる息の下で、必死に怒鳴り付ける。

何?
一体何なワケ?
何で弟がキスとかすんの?

今だ目を白黒さしてるオレの上から、
直江の哀しそうな声が降ってきた。
弟にキスされるっ!っていう異常な、
非常自体にも関わらずオレが直ぐに冷静になったのは、
単にこの弟の苦しそうな状態を目の当たりにしたからだ。
どうしても、守ってやらなきゃ!な、兄貴発想が染みついてしまってる。
「・・・・・なぉ・・・・ぇ?」
「・・・・・千秋と・・・・・」
直江がやっと喋った事にホッとした。
「千秋が、何?」
「・・・・・付き合って、るんですか?・・・・千秋と・・・・」
その意味が分かるのに、暫しのタイムラグ。
「・・・・・・・・・・はぁ〜〜〜っ?!
バッ・・・・・バカ言ってんじゃねぇよっ!何でオレが千秋とっ!!」
オレの答えに少しだけ直江は、表情を緩めた。
だけどそれは一瞬で、
また直ぐに苦しそうな顔に戻ってしまう。
「・・・・・ずっと・・・・ずっと我慢してたっ!
でもっ・・・・・・!!もう限界なんですっ!!」
「うわぁっ?!・・・・・んんっ!!」
直江はそう叫ぶなり、
いきなりまた噛み付く様にキスしてきた。
「愛してるっ!ずっと高耶さんだけっ!
子供の時からあなたしか見てなかったっ!!」
「や・・・・・・っ!離・・・・っ!!」
シャツのボタンが弾け飛ぶ。
露わになったオレの胸に、
直江は顔を寄せてくる。
その手がジーンズのジッパーを下ろし始めたのを感じて、
オレはパニッって暴れ出すが、
横幅、縦幅、腕力、全てにおいて全く敵わないオレの抵抗なんて、
直江にしたらどーって事ない。
そのまま手が、
スルスルジーンズの中に入ってきてしまった。
オレは”何故?”と思う前に、この状況をどーにかしなくっちゃ、
ってコトにしか頭が回っていなかった。
「待ってっ!!待てって!!直江ぇ!!」
「愛してるっ!お願いだからヤらせてっ!!」
キレた直江は、乱暴にオレの服を剥いでいく。

冗談じゃナイ!
弟に、ヤられてたまるか!
でも、どうしよ・・・・・・このまんまだと、
オレ、マジでヤられちゃうよ・・・

そう思ったら、何だかスッゴ哀しくなった。
「?」
急に、身体が軽くなる。
驚いて見上げると、直江が辛そうにオレの頬を優しく撫でている。
そっか、オレいつのまにか、泣いてたんだ。
「・・・・直江・・・・・」
直江の方も、泣きそうだ。
オレとしても、カワイイ弟の願いは叶えてやりたい。
やりたいが!コレばっかは無理ってモンだ。
そっか、直江はオレが好きだったのか。
こんな気持ち、どうしよって、オレを避けてたんだ。
そう思ったら、急に直江が可愛くなった。
オレは子供ん時みたいに直江の頭をナデナデしてやると、
複雑そうな顔になる。
子供扱いされて、悔しいのかな?
「オレの事・・・・・好きなの?」
無言で頷く。
「でもさ・・・・・オレ達兄弟なんだし、コレはヤバいって」
「兄弟なんて、関係ない。オレは高耶さんが好きなんです、だから抱きたい」
どうしよ・・・コイツ、開き直りつつある。
そーなったら、止められない。
絶対だ。
オレ、コイツにヤられちゃう。
それだけは!避けなければ!
でも、どーやって・・・・
ヘタに刺激したら逆効果だろーし・・・・・
取り敢えず、この場を凌いで、後は後で考えれば。
余裕の無いのはオレも同じだ。
イヤ、考え様によっちゃあ、
コッチの方が切羽詰ってるワケだし。
どうしよ、どうしよ・・・・
考えてる間にも、直江の顔が近付いてくる。
キスとかされちゃったら、このまんま雪崩れ込み、
なんて、オレでも分かる。
「ちょーっと待ったっ!」
「何です?」
開き直った上、オレに止められて、
直江は不満そうに言う。
「ちょっとっ!心の準備がっ!ホラッ、弟に急にそんな事言われて、
そんな・・・・・考える時間くれよ・・」
泣き落としだ。
こうなったら、形振り構ってられるか!
「どのくらい?」
シレッ、と言われてムカついたオレは怒鳴り付けてやろーかと思ったが、
ここはグッと我慢。
「・・・・・誕生日!」
何でこんな事口走ったか、後になっても分からなかった。
この時は、この場を逃れる事しか、頭に無かったから。
「今度のオレ達の誕生日!それまで考えさせてっ!」


沈黙が落ちる。


あー、心臓に悪い・・・


「・・・・・・・・・・・分かりました・・・・・」


そう言って、直江はオレの上から退いた。
この時程、”安堵”という言葉を噛み締めた事はないだろう。
兄は偉大だ、
それまで作戦練って、
巧い事言ってコイツを丸め込めばいいのだ!
しかし、そんなオレの野望を直江はサラッと打ち砕く。
「それまでに、心の準備、しておいてくださいね、
今年は最高の誕生日プレゼントだ」
「・・・・・・・は・・・・?」
オレは、”考えておく”と言ったのであって、
”誕生日にヤる”とは一言も言ってない。
「オイっ!待てよっ!お前何言って・・・・・・っ!」
「嗚呼・・・・・オレは幸せだ・・・・・もう、
浮気はしないから、女とは全部、手を切ります」
そんな事、頼んでねぇよっ!
しかし、ウキウキ直江の耳には、オレの言葉は届かない。
そのままスキップする様に、
階段を上がっていってしまった。

ヤバイ!

こうなったらマジで丸め込む算段をしなければ!
しかし、オレは失念していた。
直江にいっつも丸め込まれる事はあるが、
オレは丸め込める事が出来た事が無い事を。
誕生日・・・・・一体どーなっちゃうのか・・・・・・
オレは思考するのを、放棄した。



オレ達の誕生日まで、あと僅か・・・・















                                            オワリ
                                            2001.4.24 
 


お兄ちゃんは、ケダモノ弟に、ヤられちゃうんでしょうか・・・?





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