5



「どうぞ」
「お邪魔します…」
 部屋は冷えていて、それは温度・・ではなく空気・・で。そのまま直江は、ズンズン中へ入って行ってしまう。仕方無く高耶も後に続いた。


 これから俺の家へ来てください


「……」
 何故――不思議とそんな風に訊けなかった。
 そのまま直江に誘導される様に、ここまで来てしまいそして、今ここ・・にいる。
 普通だった筈だ、途中までは。そこから変った区切り・・・を高耶は知らない。実際何から何に変ったのか、と訊かれれば高耶はきっと答えられないだろう。それでも、気が付いた時には直江の持つ空気は確実に変化し、それは高耶を戸惑わせるものだった。
 振り切って帰ってしまえば、そんな考えが頭を過ぎったが、何故かそれを出来無い高耶がいる。様子が明らかにおかしい直江を、放って置けなかったのか?
「……」
 否、それは違う、と思う。それでも来てしまったものは仕方がない、そう開き直る事にした。
 案内されたのは、意外にも一軒家だった。まだ新しい2階建てで庭もあり、居心地の良さそうな家だ。だが今の高耶にとっては正反対に感じてしまうのだが。
 広い玄関ホールの横に階段があり、直江はそこを上がらず奥へと進んだ。後を追う高耶も続いて入ると、そこは居間だった。高そうか革張りのソファアセットやガラスのテーブル、調度品の様な棚などがあり、広さは12畳はあるだろう。
「直江…」
 知らない場所に様子のおかしい後輩。そんな状況に心細くなっ高耶は直江を呼ぶが返事は無い。
「直江?」
 対面式になっているキッチンに直江はいた。食器棚からグラスヲ2つ、それにロックアイスを適当に放り込いるところだった。
「……」
 何となく声を掛けられない雰囲気に、高耶は黙ったまま男の行動を見守っていた。
 リビングに戻り棚からバーボンを取ると、2つのグラスにドクドク、まるで水でも入れる様に注ぐ直江に、高耶は眉根を顰めてしまう。
「……」
 リビングに戻ってきた直江に無言で突き出され、高耶はグラスを反射的に受け取ってしまう。すると直江は自分の手にあるそれを一気に煽った。
「直江?」
 アルコール度も高く、しかも殆ど薄めていない。量も波々とあったそれ。
「おい…」
 そんな風に飲んだら、そう言おうとした高耶はだが、言葉を飲み込んでしまった。
「ッ」
 息を飲む、その眼差し。
「な、お」
 高耶はまだ気付いていない、家に入ってからまだ直江が一言も口を利いていない事を。
「なお、え」
 知らず、一歩下がっていた。
 怖い―――感じたのはまずその感情だ。
目が、直江の高耶を見詰める眸が何か、得体の知れない熱を孕んでいたから。
「……」
 喉の渇きに、震える手で高耶はグラスを口に運び、一口含む。濃度の濃いそれに、喉が焼ける様だ。
 リビングの中央に2人は、立ち尽くしていた。手に持つグラスをもう一度煽ると、あれだけあったバーボンは直江の手の中で空になる。

 カラン

 乾いた音が小さく響いた瞬間だった、

「ッ」


 ガッシャーンッ


 床に落ちたグラスの砕ける音は、高耶の耳には届かなかった――


「直江ッ?!」
 あ、と思った時には、床に引き倒されていた。
「直江ッ!」
 強く打った背中が痛い。リビングの床はフローリングで固く、高耶は馬乗りになり自分の上にある直江の顔を睨み上げた。
「てめぇッ」
「……」
「何戯けてんだよッ、退けってッ!」
「……」
 喚く高耶を、直江は黙って見下ろている。
「退け、ってッ」
 だが男の躯を退かそうと胸を突っ張った両手を自分の片手で直江は?み、
「なッ?!」
 シュ、と高耶のネクタイを抜くと、手首を戒めてしまった。
「…な、に…」
 信じられない
「何、で」
 戯けているのなら、これは行き過ぎだ。高耶の怒りはそう簡単に溶けないだろう。一発位は殴られるのは当たり前だとして、1週間
はランチを奢らせてやる。そう、これ・・が冗談なら……
「直江…」
 高耶はそれでも、直江が戯けているのだと祈った。戯けて……そうであってくれ、と。
「……直江」
 だが祈りに近い想いを込めて震える声で呼んでみても、男の表情は動いてはくれなかった。
「も…じょ、だん、は止めろ、よ…」
「……」
 手首を縛られた腕は、頭上で縫い止められている。そんな高耶の懇願に似た声に、直江は初めて口元を緩めた。 
 クス
 小さい嗤いは高耶の耳にも届く。
「直江…」
「ねえ」
「ッ」
 低い声に、躯が竦むのが押さえられない。やっと口を開いた声は高耶を、無意識の絶望に叩き落した。
「仰木さん……教えて下さい…」
「……え?」
「俺は分からないんですよ」
 そう言うなり、直江は高耶のシャツを引き裂いた。
「!」
 釦が弾け飛び何処かに当たったのか、カツン、と小さい筈の音が異様に大きく耳に響く。
「な、な…」
 一体直江は何をするつもりなのか―――分からないから怖い。
「ッ」
 そっと冷たい手が胸に置かれる感触に、高耶は必死で悲鳴を飲み込んだ。
「仰木さん…俺はこんな事知らない」
「何だよッ!」
 恐怖に耐え切れず、高耶は大きな声で叫んだ。
「あなたがね……奥さんの事を話していると……頭の中の方で妙な音がするんですよ……それがもう、酷く不快で」
「オレが知るかッ!頭痛ぇんなら病院行けよッ!」
 そんな事を直江は言っているのではない、分かっている筈の高耶はそれでも、それ・・を必死で拒んだ。
「これって一体何なんですか……仰木さん」
「だからッ!」
 堪らず叫ぶと、塞ぐ様に直江の唇で覆われた。
「!」
 キスされていると、把握するまで時間が掛ってしまった。それでも口腔を蠢く濡れたものに初めて直江の意図を高耶は悟ったのだ、否、あの澱んだ眸を見た時から深層では気付いていたのかもしれない、見ない、気付かない振りをしながら。
「ぅ…ぅ……ん…ぅ、ん…ッ」


 おかされる


 深く交差した唇に、喰われる錯覚を覚えた―――
「ぅ…く…う、ぅぅぅ…」


 ―――骨まで


 飲みきれない唾液が、そのまま頬を伝って床に落ちていく。喉の奥まで『直江』が侵食し、呼吸が浅くなり息苦しさに意識が朦朧としてくる。酸素が足りなくなり、高耶はボンヤリと眸を閉じてしまった。
「……か…ッ……はぁ…ッ」
 意識が白くなっていく途中、やっと解放され一気に酸素が肺に飛び込んでくる。そんな反動に、高耶は堪らず咳き込んだ。
 ひゅ、と奇妙な音がした。
「ゲホ…ッ…ゴッホ…ッ」
「……」
 ジッと見下ろしている直江を気にする余裕も無く、高耶は背を丸めて何度も咳をした。
「ゲホ…ッ、ゴッホ…ッ」
 はぁはぁはぁはぁ
 必死で呼吸をする高耶は、水に引き上げられた魚の様だ。その哀れな様子を見る直江の眸には、残忍で不思議な光が浮かんでいる。
「は、ぁ…はぁ……はぁ…な、ぉ……」
 ゆるゆると力の入らない腕を伸ばすと、直ぐにそれは捕らえられてしまう。
「ひッ」
 カリ、と乳首を齧られ、高耶は短い悲鳴を上げた。
 暴力の様なキスをされ、そして今、躯さえも自由にしようとしている男を涙の溜まった眸で睨む。それが余計に男を煽るのだと、高耶は無論知らない。
「や、めろ……直江ッ……何、で……ッ」
 高耶も標準値の普通の成人男性だ。いくら直江が大柄でも、必死で抵抗すれば決して好き勝手になど出来はしない。だから高耶は暴れる、手足を必死で動かし。
「クッソ…ッ離せッ」
「仰木さん…大人しくして、乱暴な真似はしたくない」
「ッ」
 抑揚の無い声に、高耶はカッ、と頭に血が登った。
「戯けんなッ!テメェ一体何のつもりだッ!」
 縛られたままの腕で、直江の胸をグイグイ押し退けながら高耶は叫ぶ。ショックからなのか怒りからか、高耶の涙は止まらなかった。後から後から床に水溜りを作っていく。
「……何の、つもり……?」
 だが低い声は、簡単に高耶の動きを止めてしまう。
「ッ」
 こんな真似をして尚、直江の声には感情が無かったからだ。

 怖い―――

 得体の知れないものと対峙し、恐怖に目を見開らいた。
「それは仰木さん……俺が訊きたいんです、あなたに」
「……」
 これは一体誰だ?
 何時も一緒にオフィスで働いている、無表情だが優しい後輩。そんな男と食事に行った筈だ。それじゃあ一体―――これは誰なんだろう―――
「覚えてますか?」
 戦慄に声も無い高耶に、直江は薄く笑った。その笑みが優しければ優しい程、高耶に恐怖を与えるのだ。
「俺と初めて目が合った時……あの時俺はね…」
「ッ」
 言いながら直江は、高耶の頬を両手で包み込む。今が逃げ出すチャンスかもしれない高耶はだが、恐怖に完全に躯が竦み上がって動けなかった。
「色が…忘れないんです…あなたの眸の色、が…」
 そうだ、沙織に高耶の顔の事を言われ、直江は暗い暗い、闇よりも暗い吸い込まれる濃闇色しか記憶に無かったのだった。それだけが記憶に張り付き、他を削除してしまった。その色に捕われ直江は、
既に手遅れだったのかもしれない。蝕み始めたそれ・・に、直江はなす術も無かったのだ。
「教えて欲しい…どうして仰木さん…あなただけが…」
 神経を焼き切るのか、直江の感情と言う名の。
「な、ぉ…」
 カタカタ震える青年に、直江は優しく笑うと手を伸ばした。
「やッ!」
 ベルトは外されていた、釦も。
「ッ」
 一気に降ろされたズボンと一緒に、下着も離れていく。
「直江ッ!」
 涙声の悲鳴を聞いても、直江は止めようとしなかった。









「ひ…ぁ…ぅ…」
 息も絶え絶えな高耶は、既に抵抗出来る気力も無かった。
「や…ぁ…ッ」
 首筋を舐め上げられただけで、躯が跳ね上がる。
「……」
 直江は高耶にとって意味の分からない事を口走った後、それから一切喋らなかった。
熱さの中の朦朧とした意識で思う、こうして何も言わない直江で良かった、と。もし一言でも男が口を開いたら、気が狂ってしまうだろうから。


「あ…あ、ぅ…ッ」
 中心を掴まれて、高耶の躯は仰け反った。
「ひッ」
 突然の濡れた感触に、悲鳴をあげてしまう。
「直江ぇッ」
 信じられなかった、そんな所を咥えられるなんて。
「や、な…ッ」
 フェラチオの経験が無い訳じゃあない。綾子や高校の時の彼女に何度もされてきた。だがそれはこんなにも、
「あッ!…ひぁッ…も、あ…ぅ……ッ」
 暴力的では無かった。
「なおえッ!もうや、め…ッ!」
 喉の奥まで銜え込められ、その奥の方で締め付けられる強烈な快感は既に暴力だ。
「ひッ、ひ…ぁッ」
 唇を窄めると、直江は強力に高耶のペニスを吸い込んだ。
「あッ…う、や…ッ」
 足を広げ手首を縛られた手で、直江の頭を無意識に押さえ込んでしまう。
「や、や、あッ、も…ッ」
 強烈なバキュームに、高耶は泣きながら首を激しく左右に振り続けた。
「あ………くぅッ!」
 耐え切れずビク、と痙攣した後、ゴクリ、と足の間で音がしたのも、既に意識の外で。
「あ……は……は、ぁ…」
 射精のショックで呆然としている高耶を見下ろしながら、直江はこの時点で漸くコートを脱ぎ始めた。
「……」
 バサッ、と乱暴にスーツを脱ぎ淡々と裸体に近付いていく男を、高耶は半分眠っている様な子供の様な顔で見上げている。だから高耶はそんな自分を、男が痛ましそうに見下ろしている事など気付いていない。そして最後に下着を脱ぎ落とした直江の反り返った中心を見た瞬間、我に返ってしまった。
「ッ」
 凶器
「ひッ、やだ…ッ」
 慌てて逃げようとするが、3度イかされた躯が自由に動く筈も無く。
「や…だめ…直……」
 自分以外のペニスなど、子供の時以来見ていない。大きくなれば戯けて見せっこなどしなくなるからだ。だから基準が自分になっているのは自然な成り行きだった。
「や…や、だ…」
 同じ筈のそれは、全く違って見えた。
 多分長さはそう変らない、それでも直江の方が幾分長いだろうが。だが太さはそうはいかなかった。
「ひ……あ、ぅ…」
 逃げを打つ細い躯を、上から押さえつける。
「直江ッ」
 黒ぐろと濡れた太い幹は、高耶の目には残酷な凶器にしか見えなかった。

「やだッ!やだって…ッ……何でだよぉッ?!」

「……」
 悲鳴を上げた高耶の言葉に、直江の動きが止まった。
「う」
 そっと涙を舌で拭かれ、高耶驚いて目を見開いてしまう。
「なお」
「……」
 哀しい、眸だった。
 それを観た瞬間、直江の気持ち(想い)が高耶の中に流れ込んでくるのを
感じた。
「なおえ……」
 口を開いた直江は何か言おうとしたが、
「……」
 薄く笑うと何も発せられないまま閉じられてしまう。
「なおえ」
「……」
 ゆっくり覆い被さってくる男の躯。
「な、ぉ」
 もう抵抗は、出来なかった。

「あ、あ、あ…はぁ……あぅぅッ」










 もうどの位犯されているだろう―――


 獣の様に四つん這いになった高耶のアナルに、直江の凶器が深々と突き刺さっている。
 グチュ、グチュ
 濡れた淫猥な音が、電気が煌々としたリビングに落ちては散っていった。
「あ、は…い、やぁ…」
 挿れられた瞬間、痛みを超えた壮絶な激痛に一瞬気絶してしまった。だが、更なる痛みに無理矢理意識を引き戻されるその繰り返しはまるで―――地獄の責め苦だった。
 いやだ、痛いッ
 そう泣き叫んでも、直江は何も言わず手も緩めなかった。痛みで力を失ったペニスを握り込むと、ゆっくり丁重に拭き出す。高耶の快楽を引き出しながら、徐々に押し込み最後には全て挿れてしまったのだ。
「あ…あ、あ…あ、はぁ…」
 それからゆっくりと動き出した時には、本気でこのまま殺されると思った。だが信じられない事に今高耶は、快感の声を上げている、直江に抱かれながら。
「ひ……あ、は、ぅあ…ッ」
 後孔の奥に、こんなにも感じる場所があるなんて信じられない、信じたくない。
「な、え…な、お…ッ」
 グッ、と挿れられれば、躯は負担を減らす為に自然と力を抜く。そして抜かれる時は、それを惜しむ様に吸い付き引き留め様とするのだ。その動きはきっと天性で。高耶は男を堕とせる躯を持ってしまった、否、それを引き出されてしまったのだ、意志を無視して否応無しに。
「ひ、あ、あ、あ、ぅ」
 そそり立ったペニスからは、ダラダラとがまん汁が流れている。その粘着質の液体が、先端から糸を引き床を濡らしていた。
 こんな快感なんか、知らない。気が狂うほどのセックスなんか、高耶はこれまでの人生で知らなかった。そう、


 こんなの、セックスじゃない


「あッ、あ、あ、あ、あ、ひッ」
 開きっ放しの口からは、だらだらと唾液が流れていた。ガクガクと直江のペニスが動く度に、高耶の腰、躯が揺れ自分の意思はそこには何も無い。もう、ただ直江の下で喘ぐ塊に変貌している。
「ッ」
 熱く狭い内部は、直江を蕩かしていく。完全に高耶の躯にのめり込み、直江は激しく腰を動かした。
「あ、や…ぅ……あッ、あ、ん…ッ」
 やがて意識は真っ白になり、そのまま高耶は吸い込まれていった。






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