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 カタカタカタカタ
 キーボードを叩く音だけが広い空間に響いていた。脇目も振らず、高耶はディスプレイに集中する。そうすると、仕事の事だけ考えていられた。仕事をして仕事をして仕事をして、それで漸く息が吐ける。そんな精神が異常だと分かっていても、高耶にはどうしようも無かった。
 カタカタカタカタ
「……」
 目の乾きも忘れ、ただ仕事に入り込む。
 言われた以上の仕事を事をするのは当然だ。それ以前に言われた事しか出来無い様な社員は、直ぐに成田に切り捨てられるだろう。だが今の高耶は、それ以上の、明らかに多過ぎているだろう量の仕事を抱え込んでいた。自ら背負い込み、それに逃げる。
 ワーカウォリック、千秋は呆れながらそう言ったが、その目には心配気な色が浮かんでいた。
 初めは色々揶揄いつつ注意していたのだが。言っても無駄だと思っているのか、制止の言葉は出なくなってしまった。
 心配してくれる口は悪いが心優しい友人に申し訳無い、と思うがそれでも改める事は出来ないのだ。
 ふと、手を止めた。
「……」
 時計を見ると、既に10時を回っている。
「ぁ」
 部署全体が残業が少ないのは成田の影響だ。短時間で効率良く、それを自ら実践している課長の影響は小さくない。なので今、オフィスには以外の人影は見当たらなかった。フロアが広い分、寒々しさが高耶に張り付く。
 

 家に、来て下さい

 
 思考に穴が空いた途端、滑り込んでくる言葉。
「……」
 消えてくれない音は、高耶を確実に追い詰めていく。行く必要など無い、それはよく分かっていると言うのに。
 そもそも高耶は被害者だ、性的暴力の。あれは完全な強姦で、高耶に非は無い。それなのに男を憎めない自分には、被害者の顔がどうしても出来なかった。
「……」
 分かっていて揺れている自分が、一番汚いのだと。だから高耶は仕事をする。仕事をしていれば、全ての言い訳になる。綾子に直江に、そして自分に―――
「ふぅ…」
 息を吐き、目を閉じた。今日は遅くなると家には連絡してある。その際ここの所連日の残業に、綾子は初めて口を開いた。


『ねぇ、ちょっと手ぇ抜けないの?仕事に食われちゃうよ』
「……平気」
 綾子らしい物言いに、自然笑みが浮かんだ。
「って言うかさ、景虎が拗ねちゃったさ、最近顔合わせてないじゃん」
「うん…」
 確かに帰りが遅いと、既に景虎は眠っている。朝も子供が起きる前に、高耶は会社へ向かうのだ。
「ごめん…」
『はぁ……いいけど、でももう直ぐあたしも限界くるからね。そうなったらマジで会社辞めさす』
「怖い」
『バーカ、いいからなるべく早く帰ってきなよ?』
「分かった」


 そんな会話は、高耶の心を温まらせると同時に、暗い影を落とす。罪悪感がどしても、消えてくれないから。それは犯された事に対するものじゃあない。そんな事じゃなかった。
 直江の投げ付けてくる眸と想い、それを自分の中で殺し否定し、無いものとしてしまえない事に対してだった。
 愛してなど、いない。
 高耶が愛しているのは綾子であり景虎で。
 それ以外は『愛していない』、そうでなければならない・・・・・・・・・・・。それ以外など……と考える事自体間違いなのだから―――
「……」
 そんな風に自分の思考に沈んでいると、
 カタ
 微かな音が無音だったオフィスに落ちた。
「ッ」
 小さい小さい物音にさえ、今の高耶は敏感だ。途端に肩を揺らすと勢い良く振り返ってしまう。

「……な……」

 口から出る筈の名は、内部で噛み殺すと共に、高耶は凍り付いてしまった。

 直江―――

「……」
「……」
 表情の一切を消した様な男の顔から交差する視線から、先に逸らしたのは高耶だった。
「遅いので、迎えに来ました」
 抑揚の無い、声。
「……」
 立っていたのは、誰よりも会いたくなかったの男で。だから高耶はここで拒否しなければならない、拒否、しなければ……
「仰木さん…」
「ッ」
 なのにどうして、この眸で見詰められると絡め取られてしまうのか、
「仰木さん……高耶」
 名前を呼ばれると、
「な…」
 切なくなってしまうのか……誰か教えて欲しい。
「来て」
「……」
 操られる様に、高耶はゆら、と立ち上がった。そのままふらふらと男の方へ歩いていく。
 高耶の様子は、夢遊病者のそれだ。虚ろな目は生気が消え、それでも足は男へと向かっていった。そのままゆっくり歩いていた高耶は、直江の目の前までくると立ち止まった。
「仰木さん」
「……」
 傲慢な腕には、迷いの一切が無い。伸びてくるそれを拒めなかった高耶は、男の胸の中でそっと眸を閉じた。
「なぉ…」
 息を深く吐いてから胸に顔を押し付けて、今度は男の匂いを吸い込んだ。するとそれは高耶の細胞の隅々まで広がっていき、決して消えないそれは既に、組織の一部となって高耶の中で息衝き始めるのだ。
 男の匂いに高耶は、確かに『安心』していた。その意味がどんなに重く罪深いか高耶は、誰よりも理解している。それでもどうしても、この腕を振り解けなかった。
「高耶……」
 背中に回った腕は、遠慮無しの力で高耶を抱き締める。息が出来無い苦しさに喘ぐ高耶を御構い無しに直江は、強く強く抱き締め続けた。苦しさに涙が滲んできても高耶も、抵抗の一切をしようとはしなかった。
「行きましょう」
 ふっと、腕が解かれていく。途端下がる温度の焦燥感を感じているのも、また高耶の真実だった。
「……」
 それには答えずに、促されるまま足を踏み出す。

「高耶」
「……なおえ…」

 この一歩から、もう後戻り出来無いと知りながら。







「あッ……あ、あ、ぅん…ッ」
 背後から突き上げられ、目の前がチカチカする。壁に爪を立て、高耶は衝撃に必死に耐えた。
「ひぅ…ッ」
 ズン、と内部で質量を増したそれは、我が物顔で高耶の奥を突いていくのだ。
「あ、や…ッ…なぉ……ッ」
「高耶…」
 カリ、と耳朶を噛まれ、そこから堪らない熱が広がった。
「ね……中……熱い、ですね…」
 耳の中を舌で舐りながら、直江が囁く。耳は高耶の弱い場所だ。それは直江が教えてくれた。
「ここも…」
「ぅ、っくッ」
 立ったまま背後から犯されている高耶は、前に回ってきた指で乳首を弾かれ、ひッ、と仰け反る。真っ赤に熟れたそこはもう、固く尖りジンジンと痛みに似た快感を与えていた。
「あ、や……も…いき…た…ッ」
 ダラダラと液体の流れるペニスを、直江は一切触ってくれない。焦れて焦れて高耶は、縋っている壁に腰を擦り付けた。
「はぅ」
 カリの部分が壁に擦られ、気持ち良さに高耶はウットリ目を閉じた。
「ダメ、ですよ…悪戯したら…」
 それを見た直江は、ズル、と高耶の中から抜いてしまった。
「あ、やッ」
 もう直ぐイけそうだったのに、高耶は半泣きになりながら腰を突き出す。自然ペニスは壁から離れ、切なく震えてしまう。直江のペニスは抜けるギリギリの所で高耶の入り口を刺激した。
「ふぁ…ぅあ…んッ」
 後少しでも引けば、抜けてしまう。一番太いカリの部分で、直江はグリグリと腰を回す様に攻め立てた。
「なおえッ!……あ、やぁ…ッ」
 奥まで欲しい、一番奥の直江のペニスだけが届く場所を突いて欲しい。突いて壊して、イきたいのだ。イきたいのに、このままじゃあイけない。
「あッ、も…ッ……お願……ッ!」
 グイ、と腰を直江に押し付けると、高耶は熱くなって自由の利かない首を必死に振り仰いで直江を見上げる。支えてくれる直江の腕が無かったら、高耶はとても立っていられない状態なのだ。
「なおえ…ッ」
ボロボロと子供の様に泣き出す高耶に苦笑して、酷い男は優しい声で囁いた。
「……どうして、欲しい?」
 すると何と、直江はゆっくりと動かしていた焦れったい動きさえ止めてしまったのだ。
「直……」
 そのまま、クチュ、と音と共に完全に抜いてしまったのだ。
「直江ッ!」
 余りの喪失感に、高耶はしゃくり上げ泣き出してしまった。
「な…ひ、ぃっく……ぅ…っく…ッ」
それでも直江は肝心な所には触れず、脇腹を優しく撫でているだけで。
「直江…ッ!お願……ッ!」
 ボロボロと大きな粒の涙を流している高耶に、穏やかな優しい声で囁いてやる。
「何?ちゃんと言って?…どうして欲しいの仰木さんは」
 はぁ、はぁ…直江も必死で息を整えている。自分も息を荒げていると言うのに、薄笑いさえ浮かべている男はキュ、と強く乳首を摘んだ。
「ひッ」
 途端に跳ねる躯は、触れれば触れる程深みに嵌るもので。きっと男を破滅させられる魔力を持っている。
「仰木さん…」
 この声は高耶にとって麻薬だ。耳の中に吹き入れられるともう、何も考えられなくなってしまう。
「ねぇ……言って…?」
「……」
「……高耶…」
「はぅ…ッ」
 名前を呼ばれ、高耶は喘いだ。
「なおえ……なおえお願い…奥…俺の奥の方…突っ込んで……お前の…」
 はぅ、と息も絶え絶えに言うと、
「は、あ、あ、ふ……ッ」
 ひゅ、と喉が鳴った。
 固く反り発つ直江の凶器が、ゆっくりゆっくり、再び高耶の中へ挿いって来たのだ。
「は……ぅ…あ、ふぅ…」
 満足そうに息を吐く高耶に、直江はクスクス笑う。直江に一番表情が出るのはセックスの時かもしれない。霞む意識で高耶は、そんな事を思った。
「あ…も…お腹…お腹…苦し……」
 圧迫感に、息が出来無い。
「じゃあ、抜く?」
 はぁはぁ、と荒い息の直江に高耶はブンブン首を振った。
「ヤッ……ヤッダ…ッ、ダメ……だッ」
「……仰木さん…」
「なおぇ…ッ」
 グ、と更に突き入れれば、もう高耶のお腹はいっぱいだった。直江の太く長いペニスが、粘膜の奥までも侵食しているのだから。
「お腹…」
 はぅ、と喘ぐ高耶を眺めながら直江は、我慢の限界だったのかいきなり激しく動きだした。
「ひッ、はッ、あ、あ、あ、あ、あう…ッ」
 ガクガクと力なく揺れる高耶のペニスは、何もしていないのにもう爆発寸前だ。
「あ、ひぅ、あ、あう……ん…ッ」
 一番感じる奥の方の壁を、直江の固い先端がズンズン刺し犯していく。
「ひ、あ、も…ッ、も……ッ」
 ひッ、と息を呑むと、
「は……ぅ…」
 ガクン、と膝が崩れ落ちた。
「あ……あ、あ…」
 股間からは、ポタポタ生暖かいザーメンが伝い落ちていく。
「あ、は、ぁ……はぁ…」
「……」
 放心状態の高耶を見下ろし、高耶がイく瞬間何とか耐えた直江は、一旦ペニスを抜き出した。
「ふ」
 漏れた吐息を吐いた高耶は、その場で腰を下ろし壁に寄り掛かった直江に抱き寄せられる。
「なぉ…」
 射精の後の気だるさに、高耶はされるがままに胡坐をかく直江の上に向かい合う様に乗せられてしまった。
「な……」
 直江のペニスは今だ、天を向いている。
「仰木さん…乗って、自分で挿れて…」
「……」
 この時間の中で、高耶は綾子と景虎の存在を頭の中から消してしまっていた。そうしなければ狂ってしまう……ずるい自己防衛だと分かっている。
「仰木さん」
 声に導かれ、高耶は虚ろな眸でゆっくり凶器の上に腰を降ろしていった。
「あ」
 触れた熱に、動きが止まる。
「高耶…」
 尻をギュ、と両手で握り込まれ、耳元で囁かれた。
「は…ッ」
 堪らず息を吐くと、躯の力が抜けてしまった。するとガクン、と引力に従って躯が落ちる。
「ひッ!」
 グ、と窄まった場所に侵入してきた凶器はそのまま、
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あぅッ!」
 奥の部分を犯したのだ。
「はぁ…ひ…あ…ぅ、ん…ッ」
 これ以上無い程仰け反った躯は白い喉を晒し、引っ繰り返りそうになった高耶を直江の逞しい腕が咄嗟に支えた。
「あ、あぁ、あ……」
 辛そうに目を閉じ、高耶は直江の首にしがみ付きならが衝撃を必死で遣り過ごす。
「仰木さん……」
 冷たくなってしまった背中を、何度も何度も大きな手が優しく擦って、そのまま下の繋がった部分をそっと撫でてやった。
「はぅッ」
「ここ…分かりますか?俺とあなたが繋がってる……他(・)の(・)誰(・)じゃ(・・)なく(・・)、俺(・)と(・)あなた(・・・)が(・)…」
「なおえ…」
 ゆっくり顔を上げた高耶の眸から、溜まっていた涙が落ち頬を伝っていく。
「な、ぉ…」
「高耶…」
 ゆっくりと、重なる唇。
「は、ふぅ…」
 交差する様に深く重なり合うキスに、高耶は抗う事が出来無い。甘美な毒は、高耶の隅々まで回っているのだ。
 愛、なのだと思う。
「な、お…」
 高耶を病的に愛している直江をまた、高耶も嵐の様な激しい感情の拠り所としているのだ。それを愛、と呼んでいいのか高耶には分からない。
「な…ぉ…」
 答えは出してはいけない、警鐘が頭の中で狂った様に鳴り響いているのだ。
「ふ……ぁ…」
 少し離れ、唇と唇が触れるか触れないかの距離、互いに舌を出し大きく開いた口の間で絡ませ合う。
「は…あ、は…」
 ピチャピチャ
 濡れた音は、互いの熱を高め躯の中で燻っていった。
「な…はぁ…」
 ツ、と離れる唇の間に、糸が引いていく。それをぼんやり見ている高耶の耳元に、直江はそっと囁いた。
「動いて」
「……」
「動いて……あなたの好きな様に…」
「……すき、な…」
「そう、気持ちいい様に腰を」
 言いながら直江は、高耶の腰を掴む。
「あ」
 そのまま少しだけ持ち上げて、
「ひッ!」
 手を離した。
「あ、あああ……あ、ぁ…」
 見ると高耶のペニスは、既に半勃ちになっている。先っぽからは透明の液が滲んでいた。
「ほら…もっと気持ち良くないたいでしょう?……動いて…」
「……」
 催眠術に掛かった様に、高耶は両手をゆっくり直江の肩に回す。そのまま腕に力を入れると、腰を少し上げ、そしてグッ、と下げてみた。
「はぅッ」
「ほら、もう一度」
「あ、あ…は、ぁ……ぅ……あ、ぅ…ん…ッ」
 もう、高耶の腰は止まらなかった。自分から何度も何度も、腰を上下に振り続ける。
「あ…は…い、いい…きも、ち……い…ッ」
「俺も…い、いです…ッ」
 キツイ内部の締め付けに、直江も限界が近かった。
「あ、ああ、ああ……ぅ、あぁ…んん…ッ」
「はぁ…は、ぁ……高耶…ッ」
「ああッ!……なお…ッ!」
「クッ」
「はぅッ」
 ブル、と直江の躯が震えた。と同時に直江の腹で擦られていた高耶のペニスが爆発する。
「あ……は…ふ、ぁ…」
 温かい直江の精液が、高耶の内部に勢い良く注がれた。その感触にこそ高耶は喘ぐのだ。
「あ……あ、ぁ…」
 自分が吐き出すよりも、何よりも強烈な快感だった。
「ぁ……」
 直江の腹をザーメンで汚しながら、高耶は意識を飛ばしていった。






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