四月になり、学期が始まる間際になると、休暇中実家に戻っていた生徒達が、次々と寮に再び帰ってきた。
そんな様子に私は、何の感慨も受けない。
ただ、これからの事を考えて、憂鬱になるだけだった。

子供は嫌い、だ。
否、嫌い、と言うよりも怖い。

無神経で、暴弱無人、残酷で、狡賢い
弱い物を嗅ぎ分ける嗅覚だけが、異様に発達しているのだ。
そんな事を考えていると、幼い頃の、厭な記憶が蘇ってくる。

あれは、私がまだ、9か10の頃だった。
近所に酷く貧乏な子供がいた。
貧乏など珍しくな無いが、それでも彼の家は、特別だった。
彼はその上、愚鈍で何時も意味の無い薄笑いを浮かべている少年だった。
そんな子供の例に漏れず、その少年はよく虐められていた。
その主犯格は、警察の上層部の息子だった。
勿論彼は、学校など通っていない。
主犯格の少年には、何時も取り巻きがいた。
取り巻き達は、彼の言う事は何でも聞いていた様だ。
一度彼等に誘われ断った事があり、その時は勿論主犯格の少年は激怒し、私に掴み掛かって来た。
しかし私は、一度許せば、それは永遠になる事が分かっていたので、腕力で跳ね除けたのだ。
それ以来、彼等が私に構う事は無くなった。
しかし、その少年は、到底そんな真似が出来る筈が無く、思う様、甚振られていたらしい。
私がその光景を観たのは数回しか無いのだが、それだけで彼等の日常が容易に想像出来た。

何時か私は、彼が樹に括り付けられている所に通り掛った。
既に犯人達は消えており、私は仕方無く紐を解いてやった。
身体は傷だらけだったのを、覚えている。
彼は私が解いてやると、ニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべ、それが自棄に私の勘に触った。
残飯を食わされている所を、観た事もあった。
それでも彼は、その卑屈な笑みを崩してはいなかった。

それからそう経っていなかったと思う。
彼の死体が、見付かったのだ。
田圃に鬱伏せに、浮いていたのだ。

身体は、棒切れで何度も叩かれた痕が何箇所も残っていた。
回りの全ての者達が、思った、



――虐めの狎れの果て――



しかし、それを誰も口には出さなかった。
父親の報復を、怖れたのだ。
警察の引き上げた現場に、彼の母親がやって来た。
彼女は息子の死体を観て、また彼を同じ卑屈な笑みを浮かべて、回りの人間達に何か言っていた。
引き上げた駐在達が、何が酷い剣幕で怒鳴っている。
いい迷惑だ、そんな様な事だった、と思う。
彼女は何度も、何度も、駐在達に頭を下げる。
あの、ワライを浮かべながら・・・・・・・

それから間も無く、私の家族は東京に移り住み、後の事は知る由も無い。

私は、何処かで知っていた、彼は遠くない将来、死ぬだろうと言う事を。
漠然と、だが確信を持って。
彼を纏う闇を、私は確かに見たのだ。
それ。。を感じたのは、その時が初めてだった。
私はそれ以来、ある何か、を感じ取ってしまう様になってしまった。
それは、異形の空気、禍禍しい、結末・・・・・・・・・それらを、事前に肌で受け止めてしまう、
彼のそれ。。が、始まり、だった・・・・・・・

彼が私を見上げながら見えた薄笑い、

それが、私の幼い頃の、記憶、なのだ・・・・・・・














山嵜教諭から聞いた話は、それから私の頭から離れない。
否、話の内容よりも、それを聞いて想像してしまった自分の頭の中の光景が、だ。
あの少年に、会う事はあるのだろうか?
この広い学院では、担任や教科が学年と合わなければ、顔を合わす機会は無いかもしれない。
しかし、妙な確信があった。
”会ってしまう”と。
だから、私はそれを、怖れていたのだった。


学期の始まりの挨拶を、校長がしているろを横目で見ながら、私は、ただただ、不安だった。


入学したばかりの生徒達の学級を受け持つ事になった。
初めて教壇に立った私は、自分でも驚く程緊張してる。
”上がる”など、繊細な神経を持っていた憶えはなかったが、どうらや今回ばかりは違うらしい。
私はまず、”彼”の姿を探した。
一段高い位置から、教室全体を見渡す。
イヤに響く心臓の音に、苛付きを感じてしまう。

”いない、か・・・・・・・・”

心底、安堵した、が・・・・・・・・・それだけではなかったのだ。
それを私は、心の底に、押し込める、それ。。が決して、出てこれない様に。
しかし、何時に無い不穏なものを、確かに感じていた。























それが起こったのは、休暇が終って一ヶ月程経った頃だった。

それまで一度も、私は彼を見掛ける事は無かった。
そんなある初夏を思わせる、暖かい日だった。
島の海岸に、一人の生徒が、水死体で上がったのだ。





「大変な事になりましたなぁ」
山嵜のその声には、しかし緊迫感は無い。
「一体、何があったというのですか?」

私の問いに、山嵜は少し眉根を寄せた。
「何って、海岸で遊んでいて、波に攫われた、って事でしょう」
しかし、と続ける。
「こんなにも頻繁に”不幸”が続くと、学院の経営にも響くかもしれませんね」

生徒一人死んだというのに、経営も何も無いではないか、私がそう言うと、山嵜は子供を宥める様に言った。

「直江先生はお若いですね」

何だか馬鹿にされた様な気になり、私の表情が微かだが強張った。

「否、御気を悪くされたのなら、申し訳有りません、しかし、一々自分の感情に胸を痛めていたら、ここではやっていけないのです」
哀しい事ですが・・・・・・、と洩らした山嵜の顔には、自嘲のが浮んでいる。
それを見た私は、何も言えなくなってしまった。

水死の件は、予想通り事故として処理された。
何処か釈然としない思いを抱えていた私の部屋のドアがノックされたのは、その夜の事だ。

「直江先生?」

寮の消灯少し前の時間、その生徒は私の受け持ているクラスの生徒だった。

「少し、お話したい事があるんです」
「何だい?」

思い詰めた顔をしている彼を、部屋に通して御茶を出してやると、思い口を開く。

「今日、結城ゆうきが死んだでしょ・・・・・・彼、僕と同室なんです」
「同室?」
「はい、寮は2人部屋ですから、それで・・・・・・・・・・・」

そう言ったっ切り、黙り込んでしまった生徒、設楽したらは暫くの間そのままだったが、やがて、俯いたまま、小さい声で、呟く。

「・・・・・・・・
です・・・・・・・」
「え?」

声が小さく、良く聞き取れない。
私が聞き返すと、彼はのろのろと、顔を上げた。
その表情は、思詰めたそれだった。

「殺されたんです」
今度は、明瞭に耳に届く。
しかし、その内容を認識するのに、私は数刻要した。

「・・・・・・・あいつ・・・・・・・結城は、殺されたんです!」














嘲笑わらい声が、聞こえる、

嗚呼、私は、絡め取られていくのだ・・・・・・・












                                              


                                             2001.3.13


         

                  直江、参ってマス・・・・・